「死ぬものはいずれ死ぬんだ。だったら他社に殺される前に、自分たちの車で殺してしまえ」

このようなやり取りを続けながら、板井は開発の現場に少しずつ「ホンダらしさ」が取り戻されつつあることを実感していったのである。

そうして開発が進められたヴェゼルは2013年12月に発売され、新型フィットはそれに先立つこと3カ月前から販売店に並んだ。同年の7月には埼玉県に新設した寄居工場が稼働し、新型フィットに始まる「グローバルコンパクトシリーズ」は日本から船出を切った。自動車販売協会連合会によれば、14年3月単月の新車販売台数でフィットは1位、ヴェゼルはホンダ車としては2位、全体では12位だった。両車はDCTをめぐるリコールを経験したものの、好調な売り上げを今のところ維持している。

「富士山の5合目の駐車場についただけ」

今後、メキシコの新工場、中国、北米、アジアなどの工場での本格的な生産を控える中で、伊東は「我々のターゲットは大衆にある。そこにいかに喜びを提供するか」という原点に戻ったと語る。

「リーマンショック以降、世界の秩序は欧米主導型ではなくなり、各地域が自己を主張する時代に入りました。世界6極の各々の地域で、その地域のお客さんの望み、社会の望みを汲み取っていかなければならない」

今年4月、伊東は「日本本部」を国内に立ち上げ、日本での事業を世界に点在する他の拠点と同一に扱う体制へと変えている。そうしたなかで、フィットから始まった「グローバルコンパクトシリーズ」は、彼にとって今後のグローバル展開を成功させていくための重要な「武器」である。

「これまでクルマを作る我々自身が、どこかで横着しているところがあった。もっともっとお客さんに何を提供できるかを考え、『造る喜び』を我々自身が感じて新たな価値を発見していく必要がある。その意味で世界中での生産が始まっていくいまは、富士山のほんの登り始め。5合目の駐車場に降りたぐらいの場所にいるのだと思っています」

(文中敬称略)

(小倉和徳=撮影)
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