そのために板井は、開発の過程で、国内のライバル車種を一切無視し、競合車としてレンジローバーの「イヴォーク」、ポルシェの「カイエン」を用意した。双方ともヴェゼルとは価格帯が大きく異なる西欧の高級SUVである。
「ダウンサイザーの消費者は、これまで上級の車に乗っていた人たちであるわけです。彼らは燃費や使い勝手のよさを考えて、車を敢えて一回り小さくする。そんなとき、以前よりも『車格が下』と感じるような車では、乗りたいと思ってもらえるはずがありません。その意味ではフィット・ベースのSUVと感じさせてもいけない。フィットの価格が物差しになるのではなく、ヴェゼルそのものが物差しとなる車にしなければ世界では戦えない。イヴォークなどを開発の傍らに置いたのはそのためでした」
板井のこの考えが最も強く表れているのは、ヴェゼルのインテリアだと言えるだろう。実際に同車に乗ってみると、運転席には車そのものに包まれているような感覚がある。使用されている素材の高級感は、同社の小型車のラインアップの中では確かに群を抜いていた。
インテリア・デザインを担当した山本洋幸は言う。
「イメージしたのはSUVではなくクーペの世界観。かつての自動車が持っていた基本、色気や憧れ、所有感や満足感を大事にしたかったんです」
そう語る山本のこだわりは、サイドブレーキレバーを排し、EPB(電子制御パーキングブレーキ)を採用したところに象徴的に表れている。従来、EPBはホンダの「上位車種」にのみ設定されていたものだが、それを小型車に初めて装備した。センターコンソールのデザインをすっきりとさせ、「タイトでありながら広がりのある空間」を演出したのだ。
「社内には『いつまでEPBにこだわっているんだ』という声もありました。それを乗り越えられたのはEPBに限らず、開発チームがヴェゼルの商品力を上げていくことで、生産計画の台数が増えていったからです。周囲の期待値が高まり、それによって一つひとつの部品のコストが下がる。ヴェゼルの開発では非常にいい循環が生み出されていました」