「他社に殺される前に、自分たちで殺そう」

実際に内装は社内で評判となり、評価会では米国ホンダのプレミアムブランド「アキュラ」に似ているという声が多かったという。山本自身、以前にインテリア・デザインを担当していた車種だ。

ただ、LPLの板井が苦心したのは、「アキュラ」と並び称するこうした声が、必ずしも手放しでヴェゼルを高く評価するものとは限らなかったからだ。

評価会でヴェゼルについて語るとき、板井は「この車をそのまま発売したら、CR-Vはどうなるのか」と何度も言われたと話す。装備を奢(おご)るのはいい、走行性能の水準を高めるのもいい。しかし、そのために収益性の高い「上位車種」が売れなくなったらどうするのか――とりわけ営業サイドの責任者から強く出た意見だった。

だが、板井はその度に、そのような内向きの姿勢をこの車で変えるのだ、と撥はね付けてきた。

「板井、おまえはCR-Vを殺す気か?」

伊東がこう冗談めかして話しかけてきたとき、彼は間髪入れずに答えたと言う。

「そんなことで殺されちゃう車だったら、早く造り直したほうがいいですよ」

それは「グローバルコンパクトシリーズ」を戦略の柱とする伊東にとって、板井という選択が間違いではなかったと思わせる言葉であったに違いない。

板井がそのように開発を最後まで続けられたのは、野中という強力な後ろ盾があったからでもあった。デザインが決まり、性能面などの企画がある程度まで出揃ったあるとき、野中は持ち前の不敵さで板井の背中を力強く押した。

「それでいい。CR-Vが死なないように作った車なんて売れるわけがねぇ」

クルマづくりというものは、つくづく下剋上の世界なのだと野中は考えていた。

新開発の車種には常に最新の技術が搭載され、それによって他の車種は古びていく。競争の中で技術者が闘争心を燃やすからこそイノベーションも生まれる。それが本来の開発のあり方であるはずで、世界の「ダウンサイザー」に向けて商品を作るのであれば尚更のことだ、と。