「結局、これまでの問題点は、3~4年後のクルマのデザインを合議制で決めていたことでもあったんだ」と野中は言う。

「やはり営業の偉いさんに見せると『今のお客の好み』が重視されるから、開発の途中で最初は尖っていたものがどんどん丸くなってしまう。だから、南にはこう言いました。『おまえの好きなようにやってみろ。誰にも文句は言わせねぇから』って」

南がこのような経緯でデザインを担当したように、伊東の改革は、組織については3車種の「6極同時開発」、現場レベルでは「造る喜び」を重視し、技術者たちの発想や思いを尊重していくという方針がとられた。

車格を無視した新型「ヴェゼル」の高級感

ヴェゼル開発責任者(LPL) 
板井義春

新型の小型SUV・ヴェゼルを担当した板井義春もまた、その方針の中でLPLに選ばれた人物の一人だ。

「私が北米で作っていたアコードやシビックが規定演技だとすれば、ヴェゼルは自由演技の商品だと考えて開発を進めました」と彼は言う。

「自由演技とは、失敗するかもしれないけれど、成功した時はそれが圧倒的な強さとなるようなものづくり。自分たちの持ち味を存分に活かすために、社内のヒエラルキーをまったく無視して壊そうとしてきました」

ヴェゼルの開発の中で板井が繰り返し開発メンバーに語ってきたのは、「車格にこだわるな」というメッセージだった。例えば、ホンダにはすでに「CR-V」という主力のSUVがある。近年ではそうした中型車を「上位車種」と捉え、装備面でも性能面でも小型車は「下のクラス」の製品として開発が進められているところがあった。それこそが、板井が真っ先に壊さなければならないと考えた「社内のヒエラルキー」である。“ホンダらしさ”とは何か。それは彼にとって、言葉にせずとも商品それ自体が語ってくれるものだった。圧倒的なデザインと縦置きの5気筒エンジンで、消費者の心をつかんだセダン・初代インスパイア。同じく何とも言えない「艶つや」があった初代レジェンドやプレリュード。自らも開発にかかわった過去のクルマを振り返りながら、「あの頃」にはまだ色濃かった“ホンダらしさ”を、彼は新型SUVの開発を通して社内に取り戻したかった。