「メークドラマ」として鮮やかに完結

そうした姿勢は、監督に転じても変わらず、独特の和製英語でファンにアピールした。第一次政権時代の「クリーンベースボール」は水泡に帰したが、第二次政権時代の「メークドラマ」は鮮やかに完結した。

「役者の芸と観客の心が合体する、その瞬間を彩るものが花」

世阿弥(室町時代の能役者・能作者)が到達した世界を終生のテーマにしたのだ。

プロ野球界の檜舞台である日本シリーズで、もっとも長嶋らしさを見せたのは、1976年の上田阪急との戦い。3連敗から2連勝と巻き返し、迎えた第6戦である。

巨人は阪急の5番バーナード・ウィリアムス(右翼手)に3ランを浴びるなど、5回表を終わり、0対7とリードされたが、長嶋が先発した堀内恒夫に代え淡口憲治を9番に入れたことで、大どんでん返しが生まれる。

5回裏、淡口の四球を足がかりにし、1番・柴田勲(中堅手)のライト線二塁打、3番・王貞治(一塁手)のセンター前ヒットで2点。6回裏には走者を2人おき、淡口がライトへ3ラン。5対7と2点差に詰め寄る。

押せ押せの巨人は、8回裏にも淡口がセンター前ヒットで出塁し、柴田の2ランを呼び、7対7の同点。こうなると、流れは一気に巨人へ傾く。延長10回裏、無死満塁から6番・高田繁(三塁手)がライト前へ運び、巨人が8対7でサヨナラ勝ちを収めると、長嶋は顔を真っ赤にして叫んだ。

「巨人だ。巨人だ。これが巨人だ」

奇跡の大逆転劇で、第7戦も巨人有利と思われたが、左腕クライド・ライトが終盤7回に6番・森本潔(三塁手)に2ランを浴び、2対4で逆転負け。のちに詳しくふれるが、捕手出身監督の上田利治が、ライトの癖を盗み、森本に球種を指示し、長嶋の日本一の夢を打ち砕いたのである。

長嶋茂雄監督 レギュラーシーズン通算成績】
 1982試合 1034勝889敗59引き分け 勝率5割3分8厘

(文中敬称略)※毎週日曜更新。次回、上田利治監督