あと10年いればネイティブを超えられる

「どんなに頑張っても、日本で生まれ育った子には敵わないんじゃないのか」

そんな葛藤の末、「いっそ日本にあと10年、いや20年いれば、ネイティブよりも日本語がうまくなれるんじゃないか?」という、無謀な考えが浮かんできました。

それに、せっかくここまで日本語を一生懸命勉強してきたんだから、日本で日本語を生かした職業に就きたいという思いもありました。

ひらがなの書き取りをする手
写真=iStock.com/bee32
*写真はイメージです

そういうわけで、「あと10年ここに暮らして、日本人以上に日本語を使いこなしてやる!」と決意し、働き口を探すことになったのですが、普通に就職するのも違うなと思っていました(できるかどうかの現実問題は置いておいて……)。

私は北京時代にいろいろな職場を転々として、フリーランスも経験し、定時出社の会社員ライフは合わない、自由な仕事がいいと思っていました。

まずは自分のやりたいことをやろうと思って模索し、YouTubeチャンネルをスタート。当時はコロナ禍で動画需要が高まっていたことや、広東省出身の友人・ポーちゃんのチャンネルに出演していて多少顔が知れていたこともあり、登録者数は数カ月で数万人を突破。とはいえ、初めは副業程度で、収益が安定したのはしばらく後のことです。

「中国語は時間の無駄」と思っていた

同じ頃に、中国系の外資企業の日本支社に就職。中華圏のゲームやコンテンツを海外へリリースする際の翻訳業務に惹かれて入ったのですが、フレックス勤務で、朝の通勤ラッシュとは無縁だったし、日本の社会人としての生きづらさは味わわずに済みました。

しばらくは二足のわらじで本当に忙しく、日本に残るとか、母国へ帰るなんてことを考える暇もなかったように思います。

私は日本に来たばかりの頃、日本語に全ベット(全賭け)したいという思いが強く、「中国語は絶対話したくない、時間の無駄」と思っていました。でもアナウンス科の先生から「あなたの強みは、中国人で日本語がうまいところだから、中国人であることはアピールすべき」と指摘されて、なるほどと思いました。

それから“外国人YouTuber”という立場になったこともあり、次第に中国人としてのアイデンティティも強みにしていこうと思えるようになっていったのですが、今となってはそのスタンスが日本で生きる自分の大切な一部分になっていると思います。