当日出会った作家を“お持ち帰り”
千代は札幌に帰る代わりに、360円をもって6年ぶりに岩国へ帰り、義母や弟妹に大盤振る舞いした。その後、札幌への帰途についたものの、東京で少し時間があったので、瀧田編集長にあらためて礼をいうために中央公論社に寄った。その行動が千代の運命を変えた。
このとき瀧田編集長は千代に、評論家の室伏高信と作家の尾崎士郎を紹介した。この尾崎、千代が「時事新報」の懸賞小説で一等になったとき二等だった作家で、「ぼ、ぼくが、そ、その、二等賞の尾崎士郎です」と自己紹介した。このおどけつつ、どもった話しぶりは、千代にとって〈無防備な、抗し難いものであった〉という(前掲書)。
その晩、尾崎が部屋を借りているホテルで尾崎と千代、そして室伏の3人は飲み、その時点で札幌に帰る気がなくなったと思しき千代は、尾崎に隣の部屋を借りてもらい、だが、自分の部屋ではなく尾崎の部屋で、一つの蒲団で寝たという。
そのまま千代は札幌に帰らなかった。それは東京で作家活動をしたかったからなのか、尾崎と一緒にいたかったからなのか。おそらく両方なのだろう。
その後、藤村忠は東京を訪れ、千代と尾崎と鍋を囲んで酒を飲んだという。その雰囲気を想像するだけで、胃に穴が開きそうになる。
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