娘の異変

そろそろ昼食(※5)でも、と考えていた午うまの刻、急患として来院したのは君島さくらさんである。20代の君島さんは食品会社に営業として勤務する会社員。

異変に気づいたのは同居する両親だった。もともと話好きな性格であったが、帰宅すると急にスイッチが入ったように話し出し、止まらない。ハイテンションでしゃべり続け、会話中に急に歌を歌い出したり、かと思えばテレビを見て泣き出したりと情動が不安定になっていた。

ダンスの決めポーズをする女性
写真=iStock.com/recep-bg
※写真はイメージです

同時に週2回も美容院に行き、頻繁に髪型や髪色を変えた。節約家だったはずが、仕事帰りに何着も服を買ってきたり、10万円を超えるバッグを購入するなどの浪費行動が出た。寝ずに夜中に大量のLINEを送り、返信が来ないと電話をかけ、寝ている彼氏を叩き起こす。彼氏に電話を切られると怒ってスマホを壁に投げつけた。

一連の娘の行動を見て、父親は彼女の大学時代を思い出した。大学在学中にも同じような行動をして病院を受診し、双極性障害と診断され、近くの精神科に通院していた。

ところが、ここ数年病状も安定し、社会人となり業務が多忙となったこともあって、彼女は独自の判断で2カ月前から通院をやめ、薬も飲んでいなかった。

父親が彼女に尋ねて、薬を飲んでいない事実を知り、今日慌ててかかりつけの病院を受診させた。担当医は症状の重さから入院を勧め、三王子病院を紹介した。

※5 そろそろ昼食
PFCバランスに気をつかう私は病院に毎日、手作り弁当を持参している。愛妻弁当を食べている医師はちらほら見かけるが、40代で自作の弁当を持参する男性医師は私だけである。

厄介な「躁」の症状

「君島さんは学生時代に躁うつ病で加療されているんですね」

「私、大谷翔平クンになりたいんです。みんなから慕われて、悪いこと言う人は誰もいない。それでいてみんなに夢を与える太陽みたいな存在。彼みたいになりたい。いや、私もなれると思うんですよ。女性だったら綾瀬はるかですよね。だって癒しの太陽じゃないですか。有名になりたいんですよねー。私ワンオクが好きなんです。『カゲロウ』とか『We are』とか」

私の1つの質問に対し、彼女は怒涛の勢いで話し続ける。まさにマシンガントークである。

「君を想う気持ちはカゲロウ~♪ まだ自分に素直になれない~♪」

突然、歌い出す。上機嫌で声量も大きく、制御不能なエネルギーを感じる。

「世界が平和になったらいいなって思っています。すべての生物たちが生きていける環境が整うようになってほしいんですよね」「有名人の××になりたい」「世界平和」といった、非現実的な願望がとめどなくあふれ出る誇大妄想、そして話の内容がコロコロと変わって一貫性がない観念奔逸ほんいつといった症状が出ている。明らかに睡眠不足なのに「眠りたい」という欲求は減り、深夜に彼氏に“鬼LINE”“鬼電”をして関係が悪化している。典型的な双極性障害の躁状態(※6)だった。

※6 双極性障害の躁状態
「陽の極み」である躁状態では、万能感に突き動かされ、寝食を忘れて活動し、大声・多弁となる。突然起業すると言い出し、荒唐無稽な事業計画を立てたり、面識のない著名人に会いに行こうとしたりする。