うつの大波
君島さんにはしばらく個室に入ってもらい、施錠して外部からの刺激を遮断した環境ですごしてもらうことになった。
気分安定薬を追加して2週間が経過した。
「だいぶ気分は落ち着いてきました。こんなに眠れているのは初めてかもしれません。先生と話しているときとご飯のとき以外、ずっと寝てます」
テニスのサーブや一人カラオケをしていた彼女はそこにはおらず、燃え盛っていた躁の炎が徐々に鎮火しているようだった。部屋は開錠され、君島さんはほとんどの時間を自室で寝てすごした。危惧していたうつの大波が打ち寄せつつあった。
さらに1週間がすぎた。
「先生……死にたくなります。私ってみんなに迷惑をかけているだけだなって。大谷クンにくらべたら、私ってカスじゃないですか……」
意味のない比較で落ち込む。入院時とは打って変わり、彼女の表情は暗く、過剰に悲観的になり、自己否定と希死念慮が生じるようになった。君島さんはうつの大波に吞み込まれようとしていた。
双極性障害では、躁状態で気分がめちゃくちゃ上がっていると思ったら、急降下する。感情の波はジェットコースターだ。しかも双極性障害のうつ状態は、うつ病とくらべ、治りにくさでははるかに手強い。患者によっては、何年も落ち込んだ状態が続き、薬も効きにくく、自殺率はうつ病より高い。君島さんには薬剤の調整をしながらじっくりとつき合う覚悟を決めた。
そこから数カ月が経過すると、ようやく軽度のうつ程度まで持ち直してきた(※9)ように見えた。とはいえ、リハビリとして自宅外泊を行なうと、途中で不安感が強くなって頓服の抗不安薬を数回使うなど、まだまだ不安定だった。この段階で退院期間を見極めるのはベテランの精神科医でも難しい。
※9 持ち直してきた
うつ状態は回復初期がもっとも危ないとされる。
うつ症状が一番悪いときには自殺を行動に移すエネルギーすら枯渇している。そこから睡眠や食事が取れるようになると少し生気が蘇ってくる。皮肉なことに自殺するエネルギーが備わってしまうのだ。
患者を死なせてしまった私の過ち
ちょうどこのころ、院内でコロナウイルスが蔓延し、作業療法などの集団活動はすべて中止となった。気分転換の外出も禁止され、入院患者はおのおの自室のスペースですごすよう求められた。君島さんの両親もそんな入院環境の不自由さを危惧したのであろう、「退院させてあげたい」という希望が出た。
たしかに自室のみでの療養を強いるのは安心して休める環境とはいえない。本人との面談でも、「まだ100%っていうわけじゃないですけど、死にたいとかはもうないです。病院にいても息が詰まって、逆に悪くなりそうです。退院させてください」と強い要望が出された。
心配な部分はあったものの、本人と家族の希望を尊重して退院を指示した。
退院後の経緯は先述したとおりだ。本人と家族に恨まれてでも、入院継続を強く勧めるべきだったのだ。
自殺は防げる死だ。精神科医の至上命題は、自殺をさせないことだと考えている。一歩踏み外せば死の底に落ちてしまいそうな人をギリギリのところでつなぎとめる。
あれから5年の月日が経った今もなお悔恨が消えない。今、私ができるのは、救えなかった命の重みを背負い、目の前の患者に接していくことだけなのだ。
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