顧客を守りたいという思いが、判断を縛るとき

その最後が「愛民は煩わさる」だ。人々を大切にする将は、その情ゆえに心を乱され、行動を制約され得る。人を大切にすること自体を否定する教えとは読まない。守りたいという思いが強いからこそ、かえって相手に動かされる危険があるという警戒である。(旧第2節から移動)

現代の情報恐喝に引きつければ、顧客を守ろうとする責任感を、支払いを迫る圧力へ変える構図である。時刻を区切って公開を予告する手口は、その責任感に働きかける。

だが、『孫子』から直ちに「払うな」という答えが出るわけではない。人を思う気持ちを失えばよいのでもない。問われるのは、その気持ちを、相手の要求に従うことへ直結させず、実際に被害を減らす判断へ変えられるかである。

新著『古典で読み解く! 10年後の未来 何が世界を動かしているのか』(朝日新聞出版)では、人工知能、戦争、民主主義、産業などを、古典を手掛かりに読み解いた。今回考えたいのは、技術が変わっても繰り返される、守りたいという思いを、実際に守る判断へ変える難しさである。

身代金を払えば顧客を守れるのか?

支払いの是非を考える際、最初に確かめたい前提がある。「払えば顧客を守れる」は、どこまで確かなのか。

盗まれた情報のコピーを相手がすべて消したか、第三者へ渡していないかを、被害企業が確かめることは難しい。すでに公開された情報が、支払いによって回収できるわけでもない。支払い後に追加要求を受ける可能性も残る。公開が一時的に止まったことは確認できても、情報が消去され、今後も悪用されないことまで確かめるのは難しい。

GMOは27日14時55分の発表で、支払いに応じない理由を公表した。情報の削除や不正利用の防止が保証されないこと。要求に応じれば犯罪者や犯罪組織への資金提供につながり、さらなる攻撃を助長し、新たな被害を生み出す恐れがあること。そのうえで、犯罪行為を助長しないという社会的責任を踏まえ、支払いを行わない判断をしたとしている。

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この理由づけは、期限後に立てたものではない。24日の第4報の時点で、すでに要求には応じないと明言し、払っても削除の保証がないことを挙げている。期限が過ぎ、実際に公開が始まった後も、同じ基準で判断を続けたことになる。

FBIも、データ復旧の保証がないことや犯罪を助長する危険から、ランサムウェアの身代金支払いを支持していない。判断の理由を外に示したこと自体にも意味がある。社内の決裁としてではなく、顧客への説明として、どの基準で決めたのかを置いたからである。

それでも、危機の当事者の苦悩を、外から簡単に裁くべきではない。事業が止まり、顧客の生活が脅かされている経営者が、あらゆる選択肢を検討するのは当然のことだからである。