文化審議会は、大阪城天守閣を重要文化財に指定するよう文部科学省に答申した。城郭に詳しい歴史評論家の香原斗志さんは「指定の理由はどれも見当はずれで、文化審議会が血迷ったとしか思えない」という――。
大阪城の重文指定には違和感ばかり
10月16日に開催された文化審議会は、「大阪城天守閣」(大阪市中央区)を国の重要文化財に指定するように、文部科学相に答申したという。今後、国の官報に掲載され、正式な指定となるが、筆者はこの報を聞き、戸惑いを隠すことができない。「いったいなぜ、こんなモノを」と思うがゆえに、である。
「大阪城天守閣」が鉄筋コンクリート造で建てられたのは昭和6年(1931)で、近代になって復興した天守が重文に指定された例は、これまでなかった。では、なぜ、このたび指定されることになったのか。主として二つの理由が挙げられている。
一つは、その外観への評価である。「大坂夏の陣図屏風」や文書を精査し、姫路城などの現存天守を緻密に調査および研究して創られたもので、均整のとれた堂々たる形姿が意匠的に優れ、昭和前期に歴史性にもとづいて建てられた城郭建築の卓越した成果なのだという。
もう一つは、歴史的な価値について。人口も面積も日本一の「大大阪」となった時代に市民の寄付で建てられ、大大阪の象徴になるとともに、郷土資料館や展望台として市民に開かれた。また、その後の全国各地における天守再建の手法に先駆けとなった。それらの点が高く評価されたという。
だが、そう聞かされても、筆者は違和感しか覚えない。

