安楽死と尊厳死の違いは何か
さて、もう1つ、安楽死が話題になると、「安楽死と尊厳死ってどう違うのですか?」という質問がよく出てきます。
これについても書こうと思ったのですが、せっかくなので練習問題のつもりで、みなさんもちょっと調べてみてください(これも日本と海外で指すものが違っていたりするので、面倒なところはありますけど)。
その際にポイントになるのは、何が目的かということです。そう、安楽死と尊厳死では目的が違うのです。だけど、この2つにはたしかに近いところもあります。そこでもう1つのポイントです。上で安楽死を3つ、4つに分ける見方を確認しました。
では、尊厳死はこれらのうちで、どれにいちばん近いでしょうか。調べて、そして考えてみてください。
「身近な人が悲しむから」ダメ?
安楽死は自殺とは違います。自殺は倫理的にダメなので、安楽死とは区別しておかなければなりません。だけど講義では、「自殺は倫理的にダメ」っていうところにひっかかる人がいます。少し考えておきましょう。
「〜してはダメ」というのを道徳や倫理というより法律的に考える人がいますけど、自殺は日本の法律では禁じられていません。
1つには、自殺が成功した場合には罰することもできないからだけど、自殺が失敗した場合でも別に罰せられません。だから、自殺がダメな理由として、法律を持ってくることはできません。
では、道徳的にはどうなのか? よく挙げられる理由は、「自殺なんかしたら身近な人が悲しむよ」というものです。なるほどこれはそうだと言えます。だけど、これに対しては、「家族も友人もいない場合だったら?」という質問が来ます。
その通りですね。もし自殺を禁じる理由がこれだけだとすれば、身近な人がいない場合には自殺は許容されるということになってしまいます。
「せっかくもらった生命なのだから」は弱い
他にも、「せっかくもらった生命なのだから、自殺なんてすべきじゃない」という意見も見ます。だけど、誰がくれたのかを具体的に考えてみると、ちょっと心もとない。もちろん、両親が望んで生まれ、慈しんで育てられたという人もいるでしょう。
そういう場合だったら「せっかくもらった生命なのだから」と言えるかもしれません。
だけど、実際のところ、子どもが欲しいのに不妊で悩んでいる人たちがいる一方で、(身も蓋もない言い方しますけど)何も考えずに妊娠しちゃって、仕方ないから産んだ、という場合だってないとは言えません(っていうか、確実にあります)。
そういう場合には、「せっかくもらった生命なのだから」という理由はちょっと弱くないでしょうか。

