政府レベルで、安全な通報制度や保護制度を形成していく必要がありそうだ。

<従業員が「国家」と「社会」の板挟みになることがある。責めるのではなく、守る体制を整えたい。>

「会社を辞めた人」ほど狙われやすい

Q 見逃されやすい潜在的なスパイのターゲットは誰か?


A 実は、退職者や転職者がターゲットになりやすい!

退職者と転職者は、産業スパイをする側にとっては、最高のターゲットだ。「かっぱ寿司」の営業秘密漏洩事件や、ソフトバンク元社員による高速通信技術情報の不正持ち出し事件もその例だ。

在職中に情報持ち出しを依頼されても、たいていの人は首を縦に振らない。キャリアに傷がつくことや、刑事罰といったリスクは、法制度の詳細を知らなくてもある程度見当がつくからだ。だから現金の授受や「ハニートラップ」など様々な手法が用いられる。

一方、退職者はハードルが低い。前職の取引先の話など、そもそも「企業秘密」と理解されていないケースすらある。さらに、転職を試みる人は会社に不満を持っていることが多く、社内での対立に敗れた退職者の多くは、経営層に不満を抱えている。復讐心に火をつけるか、金銭で誘導すれば、情報は容易に引き出せる。

その典型が、2025年に発生した米国元職員への中国のリクルーティング・キャンペーンである。

第2次トランプ政権発足後、連邦職員の大量解雇や国際開発庁(USAID)解体に不満をもつ元職員らに対し、中国政府と関係するとみられるコンサルティング会社、シンクタンクなどが、活発にリクルーティングを行った。

退職者がスパイの「リクルーター」に

あまりの活発さに、同年4月には国家防諜・安全保障センター(NCSC)がアラートを出したほどだ。おそらく他の国、たとえばロシアやイランなども同じようなことを試みていただろう。企業が人員削減やリストラを行うときにも、同じリスクがあるということは認識しておいたほうがいい。

勝丸円覚『産業スパイ対策の教科書』(日本能率協会マネジメントセンター)
勝丸円覚『産業スパイ対策の教科書』(日本能率協会マネジメントセンター)

なお、退職者と転職者では、性質が若干異なる。

退職者からは新しい情報の持ち出しは期待しにくいが、長期間にわたって知識や情報を吸い出せる。また、転職スパイや現職内部のスパイの「リクルーター」にもなりうる。接点のない者が近づくより、OBのほうが気を許しがちだし、話が早いことも多いからだ。

一方、リクルーティングの難易度は高い。好待遇と引き換えに機密情報を提供させるのだが、途中でバレたり、本人の気が変わってしまえばおしまいである。首尾よくリクルーティングを装って自社に引き込むことに成功しても、言うことを聞くとは限らない。「俺の能力ではなく情報が目的だったのか」と認識され、自尊心を傷つけてしまったら、目標の情報を引き出せなくなることすらある。

<不満を抱えて辞めた人はスパイに狙われやすい。退職者は丁寧な送り出しを。>

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