ボーイング技術者が中国に機密を渡した事例
Q 「普通の会社員が実はスパイだった……」なんてことは本当にある?
A 「アメとムチ」で取り込まれ、協力者に仕立て上げられる人は存在する!
企業の従業員が、あるときを境に「スパイ」になることもある。米国で起こった「グレッグ・チャン事件」を紹介しよう。
チャンは長年ボーイング社でエンジニアとして勤務していた。ところがチャンは、航空宇宙及びスペースシャトル関連の機密文書を収集し、中国の関係者に渡していたのである。当局によると、捜査官はチャンの自宅から大量の技術文書を発見し、そこにはスペースシャトルやロケット、軍用機などの資料が含まれていた。
2010年、チャンは経済スパイ法違反で有罪判決を受け、禁錮刑を言い渡された。中国の航空宇宙開発計画に莫大な利益をもたらした、経済スパイ活動の大事件と位置づけられている。
この「グレッグ・チャン事件」や、本書で紹介している2018年のCBMF社による潜水艦やステルス技術に使われる深海浮力材の情報が狙われた事件などが示すように、多くの事件には、共通するいくつかのポイントが見られる。
・高度なアクセス権を持つ従業員が、しばしば重大な情報漏洩を引き起こす。
・転職、学会、コンサルティングなどを通じて、スパイや協力者のリクルートが行われる。
・標的となりやすいのは、完成品ではなく「ノウハウ」である。
・半導体、航空宇宙や、「デュアルユース」が可能な技術が特に標的になりやすい。
・多くのケースでは、合法的な協力関係と不正な情報移転の疑いが混在しており、その境界線はあいまいになりやすい。
中国政府は“国民にアメとムチを使う”
近年、特にこうした傾向が強まった背景として、中国政府が、法律によって国民に協力義務を課していることが挙げられる。それまで真面目に勤務していた中国人社員が、当局から接触を受け、「△△に関する情報を入手するように」と指示される。それも、単に「義務」であることを伝えられるのではなく、「アメとムチ」が用いられる。
つまり、もし協力するなら、あなたに相応の報酬を支払うし(事実、「国家情報法」などには報奨についての規定もある)、中国国内にいる親族には地位や年金などの面で優遇しよう、などと持ち掛ける。他方で、「もし協力しない場合には、違法行為だし、親族の立場も危うくなる」などと脅すわけである。
こうなると、本人は会社を裏切りたくなかったのに、当局に脅されて言うことを聞いてしまった、ということも生じる。「祖国の法的義務」と「会社への忠誠」とのあいだで板挟みになる従業員がいるのだ。本国にいる親族の身の安全などをほのめかされれば、なおのことだ。このあたりの問題は、各企業に任せるだけでは難しい。

