心が、暮らしの贅沢を育てる
贅沢をしないからこそ、少しの贅沢が、ちゃんと贅沢に感じられるのね。これも、年をとってから気づいたことの1つだわ。たまに外でお茶を飲んだとき。たまに友人と食事をしたとき。その「たまに」が、ちゃんと心に残るのよ。
毎日が派手でなくてもいい。毎日が高級でなくてもいい。毎日が自分に合っていれば、それで十分なの。
贅沢しない人生は、節約の人生ではありません。我慢の人生でもありません。自分の「ちょうどいい」を知り、それを大切にしながら生きる人生よ。
朝、300円の朝食を「おいしいな」と思えること。同じ服を着て「やっぱりこれが好き」と思えること。それは、心がちゃんと満たされている証拠だわ。
「使わない」のではなく、「足りている」。この感覚がわかると、暮らしは、ぐっと楽になると思うわ。
そう思える今の自分を、わたしはとても気に入っています。
そして、この静かで、控えめで、でも確かな満足感に満ちた暮らしこそが、わたしにとっての、いちばんの贅沢なのよ。
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