おじさんがスーパー裏でタバコを吸う作品

続いて「ヤニすう」だ。「ヤニねこ」は似たような名前だが、全く違うドラマだ。

この45歳男性と24歳女性の「スーパーの裏でタバコを吸う関係」から生まれるドラマという、なんでもない日常アニメが今回は快作となっている。

鈍感な45歳男性・佐々木にとって、スーパーのレジ打ちの「山田さん」に日々癒やされている。ある日、ギャルの「田山さん」という女性とスーパーの裏でタバコを吸うことになった。実は山田と田山は同一人物なのだは、佐々木はそれに全く気付かず、山田への淡い恋心を田山に相談しながら2人の距離が近づいていく恋愛ストーリーだ。

スーパーの裏でヤニ吸うふたり
©地主/SQUARE ENIX・「ヤニすう」製作委員会 ©Jinushi/SQUARE ENIX

ここに気持ち悪さがおこらないのが、佐々木が常に他人を尊重し、年齢に関係なく人に敬意をもち、むしろ自己評価の低さから適切な距離を保とうとする紳士的な面ゆえだろう。

「関係性の発展も非常に遅い」「視聴者は次第に飽きてしまうでしょう」というほどにスピードには欠けるが、内容と非常に歩調があっているように私は感じる。

海外のファンのコメントを見ると「この番組は私に希望、幸福、穏やかさ、内省など、たくさんの感情を与えてくれました。」「心温まる、心地よい物語で、登場人物たちの幸せを心から願い、彼らの旅が最終的にどこへ向かおうとも、その幸福を応援したくなります。」と2人の純な関係性を推し活のように見守り続けている。

英語ユーザーにとってもこのアニメの楽しみ方は全く同じなのだ。週末にゆったりと視聴したくなるアニメだ。

タバコという舞台装置

そんな中でハッとした意見があった。

「30代後半から40代前半の会社員には、独特の孤独感があります。特に夜勤だと、その孤独感は顕著です。それを「境界」と表現しても、気取っているようには思えません。実際、多くのものの境界線上にいるのですから。昼と夜、若さと中年、キャリアの進展など」。別のユーザーは「いつもの慌ただしい一日とは全く異なる領域にいるような、境界的な感覚」と書いていた。

つまりこれは「人生の境界」にいる男女の物語なのかもしれない。夕暮れのような静けさのなかで傷をおそるおそるなであうかのように、ゆっくりとした共感のなかで2人の絆が生まれていく。その媒介になるのは「タバコ」なのだ。

タバコを持つ人の手元
写真=iStock.com/SonerCdem
※写真はイメージです

「ヤニねこ」も「ヤニすう」も、全く対照的な話だが、「あくまで道具としてのタバコ」を舞台演出として自由に使える日本のマンガ・アニメの強みが生きた話なのだと思う。

ここに「タバコ喫煙を助長する」「中毒患者を増やす」といったポリティカルコレクトネスを主張するのはあまりに無粋だ。結局はファンタジーなのだ。我々が日々感じていることを代弁するためのメディアで、「正しさ」をもって制約を課すことがいかに表現にとってマイナスであるかを改めて感じる。