「日本製鉄は本当に約束を守るのか」労働者たちの一抹の不安
橋本氏の出した立派な結果は、高炉のそばなど危険と隣り合わせの現場において、ススで真っ黒になりながら汗を流して働く現場の鉄鋼労働者抜きでは語れない。
筆者は2025年8月に、「『日鉄=敵』から一転、トランプ心変わりの決め手は…日本メディアが報じない、USスチール買収成功のキーマン」と題された記事で、USスチール買収は、現場労働者が経営者や政治家を動かして連係プレーにより実現させた「啐啄同時」の面が大きいことを指摘した。
では、買収成立から今までの時間を、労働者らはどう過ごしてきたのだろうか。日本製鉄が2025年5月に、USスチールに対する総額140億ドル(約2兆2000億円)規模の中長期投資計画を発表した際に、多くの従業員は「これでわれわれや、地元の若者に長期間にわたる雇用が保証される」と喜んだ。
また日本製鉄は、従業員1人当たり5000ドル(約78万6500円)の買収記念ボーナスを弾み、大歓迎された。「このお金は、子供の教育費に回すんだ」「俺はボーナスでお袋をイタリア旅行に連れて行くつもりだ」と話す労働者たちもいた。
その一方で、彼らの仕事や生活は、表面的に変わりがなかった。なぜなら、日本製鉄の発表はあくまでも計画段階のものに過ぎず、投資の詳細が徐々に明らかになった後も、現地ではしばらく「平常運転」が続いたからだ。
そのため、一部の労働者には「本当に日本製鉄は、約束を実行するのだろうか」と不安に駆られる人も少なからずいたようだ。
「新しい設備から鋼板が出てくるまでは信じない」
たとえば、ピッツバーグ近郊のブラドックに位置するエドガー・トムソン製鉄所で労働組合の副委員長を務めるドン・ジャクソン氏は、「実際に新しい熱間圧延機の設備から鋼板が転がり出てくるまで、あの人たちの言うことは信じないことにしているんだ」と地元メディアに対して語っている。
日本人の感覚では、いくら何でも猜疑心が強すぎないかと感じられる。だが、これは日本製鉄に向けられたものと言うよりは、彼や同僚の人生体験に根差すUSスチール経営陣に対する深い疑いから出た発言に見える。
実際にジャクソン氏は、こう続けるのだ。「2019年にUSスチールが、ここモンバレーで10億ドル(約1570億円)を投じて、(1938年に稼働を始めた老朽化施設の代替として)最先端の熱間圧延施設を作ると華々しくぶち上げたことがあってね」「ところが2年もたたない内に、経営陣はコロナ禍を理由に計画を白紙撤回しちゃったのさ」
多くの労働者たちは会社に裏切られ続けてきたので、日本製鉄が社運を賭けて推し進める本気のUSスチール再生計画に対しても、半信半疑なのだ。新設備が導入されて、製造機械のローラーの間から、押しつぶされて薄く延ばされた加工製品が出てくるところまで見届けなければ、信じられないわけだ。


