心の中の汚れも取り去りたい
1つ目の実験では、洗うことをイメージさせている。アメリカから募集した男女の参加者は、不安と覚醒を誘う動画を見せられたのち、手洗いの方法、円を描く方法、卵の殻を剥く方法を見せる3本の動画のうち1本を見せられる。
手洗いの方法の動画を見た人たちには、腕、顔、首、髪を水で徹底的に洗うところを想像させるグループ、それらの部位に触れることをイメージさせるグループ、そしてどちらも行わないグループの3つに分けた。すると、1つ目のグループが最も不安と緊張が和らいだことがわかった。実験参加者のうち、検証が有効な人数は465人だった。
2つ目の実験では、実際に清掃をさせている。カナダの大規模大学の学生たちを集め、強いストレスを与えてから、グループを2つに分け、片方には消毒用ウェットティッシュを調べさせ、もう片方にはウェットティッシュで清掃をさせた。この実験の有効なサンプル数は74人。ここでは、終始厳しい表情をした白衣の審査員たちの前でプレゼンをする、という形でストレスを与えている。すると、特に実際に清掃したグループは、心拍数が上がったということがわかった。心拍数が上がれば血流がよくなる場合がある。考えてみれば、掃除をすれば身体が温まって汗をかくことも多い。運動をすればストレスが解消することはよくあるが、掃除も身体を動かすことで血流がよくなり、リラックスにつながるのかもしれない。
同論文は、清掃をイメージすることと実体験の両面から、特にストレスが多い状態の影響を心理的に減らせると結論づけている。この実験では、清掃には嫌な過去を浄化し、より良い未来を作る心理的な作用を引き起こす可能性についても考えさせている。
つまり、「きれいにする」という行為には、人間にとって、心の中の汚れも取り去りたい、あるいは取り去った気持ちになれるという要素が含まれているのではないだろうか。掃除で気分が落ち着くこと自体に、イライラや怒り、不安を鎮める作用がある。身体を動かすことで血流が上がって温まり、落ち込みから回復しやすくなる側面もある。
自己肯定感も高まることに
実験に参加したのは欧米で暮らす欧米人だが、こうした浄化作用について宗教的な価値を見出してきたのが日本だ。神社は掃き清められ、人は手を洗って口をゆすぎ、お参りをする。禅宗には、掃除を修行の一環と見なす考え方がある。「水に流す」という慣用句もある。私たちは、人間の普遍的な「清める」行為で過去の不安や問題を解消する方法になじんできたのかもしれない。
こうした浄化作用を得るには、掃除や洗う行為が大事ということだ。単に清潔な環境を保つだけなら、家族に任せる、ロボット掃除機を使う、家事代行サービスを使うことでできる。しかし、ストレス解消や自己肯定感を高めること、自分で空間をコントロールできるという安心感は、自ら身体を動かさなければ得られない。
もちろん、ストレス解消法として、カラオケで歌う、好物を食べるといった自分なりの方法論が確立されている人もいるだろう。自己肯定感を高める方法も、自己コントロール感も、いろいろなやり方がある。
しかし、そういったさまざまな作用を一度に得られる掃除は、お金もかからず体重増加にもつながらない、しかも家がきれいになるオトクな実践方法とは言えないか。「ちゃんと自分で掃除しているまっとうな人間」といった自己肯定感も得られるだろう。

