秋篠宮家に欠けている「公の覚悟」
息子を学者には育てられるが、天皇には育てられない。それが秋篠宮の置かれた難しい状況であり、そのことが紀子妃にも影響している。
皇室典範第11条は、皇太子と皇太孫を除く親王について、「やむを得ない特別の事由があるとき」は、皇室会議の議により皇族の身分を離れることができると定めている。その点では、秋篠宮が皇室を離れるという強い意志を示していたら、それは可能だったはずだ。その方向に踏み出さなかったということは、皇族の一員として生きていく覚悟を、どこかの時点で決めたことになる。
そうであるならば、自分が天皇に即位することも受け入れ、将来の天皇の父として悠仁親王を立派に育て上げる覚悟を持つ必要がある。それが欠けているがゆえに、紀子妃の子育ても、子どもたちの自由や自主性だけを重んじるものになってしまったのではないだろうか。
帝王学を授けるために不可欠なもの
一方で、悠仁親王のほうは、ボーイスカウトの大会において「お言葉」を述べる経験をしている。
皇族が10代で「お言葉」を述べるのは異例である。つまり、悠仁親王は学生であるにもかかわらず、公務を積極的にこなしているわけだ。大学では生物学を学ぶ一方、成年式を経験し、日本の伝統文化にも関心を寄せるようにもなっている。
それを踏まえると、悠仁親王には将来自分が「天皇に即位する覚悟」が芽生えていると見ることができる。悠仁親王が皇族男子の最年少であり、その後がいない以上、そうした自覚が生まれるのも当然である。
そうした覚悟をいかに強固なものにしていくのか。『文藝春秋』誌の記事は、その点について、天皇家と秋篠宮家が緊密な関係を築き、宮内庁がそれを全面的に支える必要を訴えている。それは、正論である。
「親ガチャ」という言葉が流行したが、人は誰もが自分の生まれを選ぶことはできない。もっと違う環境に生まれたかった。誰しも、そう思うことがある。だが、それは不可能な願いだ。人は自分の生まれを受け入れるしかない。
その点で、秋篠宮も、妃である紀子妃も、同じである。皇嗣、皇嗣妃という運命を受け入れ、将来、天皇皇后となる立場にあるという覚悟を持つことこそが、悠仁親王に帝王学を与える最良の手立てとなる。
それは秋篠宮本人にも好ましい影響を与え、秋篠宮家全体に新たな光明をもたらすはずである。
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