兄から初めて聞いた人間らしい叫び

連載開始から数年たった頃、妻のすすめで精神科を受診、うつ状態と診断された。マンガもしばらく休載となった。

それでも兄のことを描くことをやめようとは思わなかった。それは「取材者」として兄と向き合い続ける中で、関係性に変化が生じてきたからだ。

「毎回、兄から嫌味を言われて、そのたびに腹が立つんですが、マンガに描かせてもらうし『いいコメントいただきました!』と思うようにしていました。それが続くと、ほんのちょっとずつですけど兄がかわいく思えてくる。取材目線で、自分の感情を抜いて関わったことで、普段なら絶対聞かないような質問もできたんです」

取材のため実家を訪れた時のことだ。「父さんと母さんが死んでずいぶん経つけど、一人で寂しくないの?」と質問した宮川さん。その場では答えなかった長兄だったが、数日後、電話で大声で「寂しいと思っとるよっ」と告げられた。兄から初めて聞いた、人間らしい言葉だった。

「兄との間の分厚い壁がガラガラと崩れる感じでした。今まで何だったのか、という感覚です。『兄ちゃんはこんな大きな家で、1人でこんな景色を見て過ごしていたんだな、自分ならムリだな』と気づきました。今までは『誰の家だと思ってんだよ、散らかしやがって。親がかわいそうだろう』と思っていたのですが。取材を通して、リビングで座っている兄ちゃんの目線にバチっと合ったんです」

怪物ではなく同志だった

兄は“怪物”ではなく、両親を失った悲しみを共有できる同志だった。そう思うと、兄の見え方が劇的に変わった。

撮影=遠藤素子
兄も両親の死に対して、自分も同じように寂しいと思ってた。「その感情を知れたのは嬉しかった」と宮川さんは語る。

一緒に食事をした帰り道、兄は割引になっていたキャラクター付きのTシャツを買おうとした。宮川さんが「そんなの趣味じゃないでしょ? なんで買うの?」と聞くと、「いや、こうやって安いのを探して買っているんだよ」と答えた。

以前なら「ダサい」「金の使い方を知らない」と思ったところだが、受け止め方が違った。

「あ、この人ちゃんとしてるなと思ったんですよね。『贅沢しないよう、生きようとしてるんだな』と。そういう細々とした暮らしが、丁寧に生きているように見えたんです」

妻からの一言にもハッとさせられた。60歳を迎えようとする兄は、一般企業にいれば定年を迎える年に近い。「お義兄さんは、逃げ切ったんだね」と妻が言う。それを聞き、兄を誇らしく思えた。

「途中で人生を投げ出したりせず、なんとか生きつないだんだな、と。そこに、野性味を感じたんです。ライオンの群れの中で、ガゼルが天寿を全うしたみたいな。カッコいいというか、美しいというか……大げさじゃなく、そう思ったんです」