事故とかで死んでくれたら…

「自分が世に出るようなマンガを描けたところで『長男さんが問題を起こして、めちゃくちゃになるんだろうな』という感覚がずっとありました。

もちろん想像なんですが、マンガを描くのを諦めようかとしばしば思ってしまうほどのものです。最近まで『事故とかで死んでくれたら、全部リセットできるのに』みたいな思いすら抱いていました。何度もそんな想像をしていた自分が嫌でしたが、どうしようもなくて」(宮川さん、以下同)

兄を邪魔な存在と思いながらも、どこかで罪悪感を抱いていたという。
撮影=遠藤素子
兄を邪魔な存在と思いながらも、どこかで罪悪感を抱いていたという。

転機となったのは、担当編集から「長兄をテーマにした作品」の執筆を勧められたことだった。冒頭の実家の描写は、そう決めた後に兄に取材をしようとした際の様子だ。やはり兄は一筋縄ではいかない。さらに、宮川さんが知らなかった過去を目の当たりにする。

7つ上の次兄に執筆を相談すると、低い声で「やめとけ」と返ってきた。「俺にとってあの家は地獄そのもの」と言う。

そこで初めて次兄が「長男さん」から「布団蒸しの刑」として窒息寸前まで布団に閉じ込められたり、首を絞められるなどの虐待を受けていたことを知った。

取材を通じて見えてきた、自分の知らない家族の姿――。それでもマンガ家としての興奮を覚えた。だから執筆をすることに決めた。だがその決断は、少しずつ宮川さんの心を削っていく。

死神が自分を見つめている

兄を描いた、自身にとって初のドキュメンタリーコミック『名前のない病気』は、2024年8月に「ビッグコミックスペリオール」で連載を開始。第一話から話題となった。

『名前のない病気』は今夏、全4巻で完結した。
撮影=遠藤素子
名前のない病気』は今夏、全4巻で完結した。

読者からの感想もほとんどが好意的だったが、時折心ない声も届いた。「長男、怪物じゃないか」「病院ぶち込んどけよ」。普段なら気にならない感想が頭から離れない。夜は眠れなくなり、連日のようにうなされるようになった。

「原稿を書いた後、なかなか寝つけなくて。やっと眠れたかと思うと、死神みたいなやつがやってくるんです。そいつと目が合うと死ぬみたいな設定が頭の中にあるんですよ」

死神は「名探偵コナン」の犯人のような、目だけぎょろりとした黒い影だったり、自分自身だったりした。そんな死神が寝室に入ってくる。ふと目が合いそうになり「あ、ヤバい、死ぬ」……というところで、いつも目が覚めた。「こんなマンガ、誰が読むんだろう」という気持ちと「いや、面白いはずだ」という手応えが自分の中で行ったり来たりした。