医学は知識の詰め込みではない
「採血ってどうやる? 針は何ゲージ(=太さ)を使う? 採血して何が分かる? 1歳の子の白血球の値はいくらだ? 腹部単純Ⅹ線を撮って何が分かる? 造影CTって点滴はどうする? 留置針は何ゲージだ?」
しーん。
「あんたら、弁当持って来たか? オレは持って来た。あんたら答えるまでオレはここから一歩も動かないぞ!」
「……」
小児外科には30人の子が入院している。ここはまだ301号室の第1ベッドだ。このペースだと本当にお昼を過ぎてしまう。
教授は顔を真っ赤にしているし、ぼくらは脂汗をかいて呆然と突っ立っている。時間だけが過ぎていく。
「あんたらは、オレが喜ぶような答えを探しているんだろう。オレはそんなものを待ってない」
モロバレである。なんとか教授が気に入るような答えを見つけたいと考えていたぼくらはアホだったのか?
「いいか? あんたらは、天下の秀才だったのに、6年間でここまでバカになった見本だ!」
いや、ぼくはどんじり学生で秀才じゃないけど、たしかにぼく以外の4人は秀才のはず。誰か何とか答えて。
「いいか? 考えるんだよ。考えの道筋を辿って、頭を使って考えるんだ!」
がーん。そうか。医学は知識の詰め込みじゃないのか。考える学問なんだ。ぼくは、どこから見てもゴリゴリの外科医である高橋先生から、医学とは考えることと諭されて、ちょっと(いい意味で)ショックを受けた。
先生は小児固形がんの診断の付け方を、シミュレーションのように順序立てて聞いていたのだ。片っ端から検査を全部やればいいのではない。道筋をつけて病名を絞り込んでいくのが正しいのだ。考えの道筋なんか全然辿らずに、この場をどうやって切り抜けようかと考えていたぼくは自分が恥ずかしくなった。
考えることの重要性を徹底的に教えてくれた
臨床実習をやる前から小児外科医になりたいという気持ちはあったが、先生の教えを受けてぼくは完全に小児外科に入局することを決意した。結局、第1ベッドで1時間かかり、その後の29人は2時間を要して教授回診は終わった。13時になっていたが、お腹は空いていなかった。脚はすっかりだるくなっていたけど。
先生の回診による教育は現代的ではないかもしれないけど、ぼくら医学生に考えることの重要性を徹底的に教えてくれた。よく考えてみれば、その哲学は現在の臨床チュートリアルと同じかもしれない。基礎医学を学んだときの知識を土台にして、そこに臨床医学の学びを積み上げ、そのあとは患者に対して頭を使って考えていくというのが教授の教えである。
高橋先生の薫陶を受けてから、ぼくらは39年医者をやった。およそ120人の医学生が鍛えられた。そして現在、同期の連中を見ると、みんなよくがんばっている。前にも触れたように、臨床実習を回ったぼくら5人のうち、二人が教授になった。一人は皮膚科教授、もう一人はユタ大学の放射線科の教授である。
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