「国家戦略を持つ外国資本」の恐怖
GPIFも、形式上はプリンシパル(アセットオーナー)と位置づけられます。しかし、その資金の源泉をたどれば、地道に年金を納付している国民一人一人にほかなりません。もし日本株の急落局面において、GPIFが基本ポートフォリオ(資産のうち日本株の比率は最大25%)を維持するために果敢にナンピン買い(買い向かうこと)を試みたとして、世論やメディアからの厳しい視線を前にそれを貫徹できるでしょうか。国民から「NO」を突きつけられ、慎重にならざるを得ない姿が想像されます。
そして、もう一つ私たちが想定しておくべき、さらに悲観的なシナリオがあります。それは、安値で放置された日本株を、凄まじい勢いで大きく買い越していく、明瞭な国家戦略と意志を持つ、「外国資本」の存在です。本来、誰にも説明する必要が無いプリンシパルとしての強みを持っている個人投資家が、「外国株の方が儲かるから」と外国資産の取得に躍起になる一方で、より身近に存在している日本企業を丁寧に観察することは拒み、忌避し続ける。より冷徹で明瞭な意志を持つ外国資本が日本株を大々的に買い集めていく。このシナリオは、果たして荒唐無稽な絵空事と言い切れるでしょうか。
ノルウェーには自国の富を永続させるための明確な国としての意志、そして、戦略がありました。ノルウェーだけでなく、たとえば中国も国益を見据えた明確な国家戦略を実践しているのを日々感じます。
目に見えない「日本の宝」が奪われる
日本企業が目先のプレッシャーに負けて株主還元をむやみに増やし、基礎体力を削りながらも、現場が血の滲むような努力で磨き上げてきた技術や市場、日本企業が何十年もの時間をかけて築き上げてきた唯一無二の『非財務資産』を、日本の投資家がリスクを取って支えようとしなければ、どうなるのか。「意志ある外国資本」が、それらをごっそりと、信じられない安値ですくい取っていくこともありえるでしょう。
彼らにとって魅力的なのは、目に見える工場の設備や特許の書類だけではありません。その根底にある、日本人が歴史の中で培ってきた『現場の暗黙知』や『顧客との絶対的な信頼関係』、そして『次世代の人材を育てる文化』といった、一朝一夕にはけっしてつくることができない、同じものを再現するのが極めて困難な、本質的な『非財務資産』です。それらが他国の「国家戦略」という意志のネットワークに組み込まれたとき、私たちは、自分たちのこれまでの生活やインフラを支えてきた基盤の主導権を手渡すことになるかもしれません。このバッドシナリオの実現可能性は、プリンシパルである個人、みなさま一人一人の眼差し次第で大きく左右されるのです。
個人投資家が「外国株の方が儲かるから」と、自国企業を観察もせずに通り過ぎるのも、もちろん個人の自由です。しかし、その無関心な選択の結果、私たちの暮らしを根底で支える企業の主導権が一体誰の手にわたるのか、私たちは一歩立ち止まって想像してみるべきではないでしょうか。
このシナリオの結末に、私たちは、ほんとうに、未来の世代への責任を持てるのでしょうか。
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