暴落時にインデックス運用は「無力」

実際に日本株の株価下落が始まった時、いわゆるエージェント(代理人)たちは買い向かえるでしょうか。答えは極めて否定的です。プリンシパル(主人)の意向に背けない立場であり、自らの判断や行動の理由を、短い時間軸、かつ、冷徹な数値での説明を求められ続ける彼らに、そのような果敢な決断を期待するのは酷というものでしょう。

さらにここで指摘しておきたいのが、機関投資家、個人投資家ともに主流となっているインデックス運用に、こうしたケアを期待しうるか、という本質的な問いです。インデックス運用を機械的に実践しているのも、またエージェントです。プリンシパルが彼らに求めるのは、ベンチマークであるインデックスに連動することです。そこには、自らの意志で投資先の構成を変更する自由はありません。当然のことながら、指数に含まれている限り、どれほどその企業の『非財務資産』がひどく毀損され、経営の意志が腐敗しようとも、彼らはその株式を機械的に持ち続けなければなりません。

つまり、彼らは株式売却という明確な行動をもって「ノー」を伝える自由を持たない投資家と言えます。さらに大きな問題の一つが、仮に現場のエージェントが危機感を抱き、投資先企業の経営陣と対話を試みようとしても、アセットオーナー側(プリンシパル「主人」)がそれを好意的に受け入れない可能性がある、というものです。プリンシパルからすれば、対話に費やす時間やコストは委託の範囲外となりやすく、それよりも「取引コストを1円でも下げ、指数との連動性を高めること」だけを求める傾向があるからです。

企業を救うのは「意志ある個人投資家」

だからこそ、日本株が容赦なく売られる局面において、本当の意味で買い向かうことができるのは、個別の企業をしっかりと丹念に観察を続けてきた「意志あるプリンシパル」だけなのです。そして、そうしたプリンシパルとなれる最も大きな可能性を秘めている存在こそが、ほかならぬ個人投資家のみなさまです。なぜなら、自身の判断や行動の理由を誰かに対して説明する必要が無い究極の自由を持っているからです。

ここで、個人投資家だからこそ実践できるケアを考えてみましょう。私の言うケアとは、必ずしも経営陣と直接対面することだけを指すのではありません。むしろ、その企業の『非財務資産』――たとえば、商品への並外れたこだわりや地域社会への貢献、あるいは経営者の誠実な姿勢、あるいは現場で働く人たちの生き生きとした笑顔――を日々の暮らしの中で注意深く観察することです。そうして事業への理解を深め、短期的な株価の変動に惑わされずに「この企業は私たちの社会に必要なのだ」と信じて株式を保有し続けること。その静かな意志の積み重ねこそが、企業にとって最も力強いケアになるのです。