文句も言わず、田舎への左遷に従う
――ここで家康の敗北から私たちは何を学ぶべきか? 本日の教訓をまとめていただきましょう。
第一に「何事も焦らない」です。
会社や組織では、ちょっとした風向きによって左遷されることがよくあります。しかし腐らずに仕事をしていると、再び日の目を見ることがあります。
ある女性アナウンサーの話ですが、ずっと干されていても腐らず、20年近くアナウンサー部で裏方として働いていたところ、40歳を超えてからチャンスがめぐってきて、今では番組を持つほどになりました。
私がいた外資系企業でも、そんなことは枚挙に暇がありませんでした。「英語に堪能だけど仕事ができない」というレッテルを貼られていた人が、外国人の上司が来たことで急に出世し始め、その外国人が帰国した時には、後釜に据えられたことさえありました。
第二に「いったんこうと決めたら徹底する」です。
家康は秀吉に臣従することで大きな挫折を味わいますが、いったん臣従すると決めたら、徹底的にその道を貫きました。関東に移封が決まった時も、「勘弁して下さい」と言うこともできたと思いますが、どうせ結論は決まっていると思い、文句の一つも言わずに従いました。何とか移封を免れようとして改易となった織田信雄とは対照的です。
「嫌いな人」秀吉からも信頼を勝ち取った
何事でもそうですが、嫌な仕事を回されても、どうせやるなら「喜んで引き受けます」と言うのが正解です。ある編集は私の担当にされた時、「伊東さんの担当になってうれしくて夜も眠れませんでした」と言って、私を喜ばせました。しかし後に酒の席で、「実は自分には歴史の知識がなく、不安だったので一度は断ったんです」と本音を明かしてくれました。私は「役者やのう」と感心しました。
第三に「嫌いな人でも好きになる努力をする」です。
おそらく家康は秀吉をよく思っていなかったはずです。しかし臣従すると決めたら、好きになる努力をしたに違いありません。すると互いに通じるところがあって仲よくなり、秀吉は死の床で家康を執政に任命し、豊臣家の天下を託します。
好悪の感情は取るに足らないものです。とくに「嫌い」という感情は、相手をよく知らないから生じるのです。最初から「この人とは合わない」と決めつけず、相手に関心を持ち、相手をよく知ることで、分かり合えることもあるのです。
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