遺伝の影響を覆すことはできない
橘:たしかにどれほど強力なCPUでも、ソフトウェアがなければただの箱ですからね。あと、統計的な有意性と効果量の違いについてはいかがでしょうか。
統計的に有意なことが、すべて効果があるわけではないですよね。ところが、「科学的に正しい~」とうたう本は、統計的に有意なら全部役に立つように書かれていて、それが混乱を生んでるんじゃないかと思います。
河田:「効果量」というのは、たとえば身長で考えると、身長には1万くらいのゲノム変異が影響していることがわかっています。「Aという塩基がTに変わったら、あの人は私よりも0.001ミリくらい身長が高くなる」というのが効果量です。
一方で「統計的に有意」というのは違います。サンプル数を集めれば効果量が微小でも、統計的には「有意」と出せてしまうので、なんとでも言えますね。
橘:「科学的に正しい子育て」は、さまざまな研究から統計的に有意なものをたくさん集めてくる。でもその影響が1パーセントで遺伝の影響が60パーセントなら、1パーセントを一生懸命やっても遺伝の影響を覆すことはできない、という理解でいいですか。
安藤:そうです。遺伝を統制しても、読み聞かせの効果は最大5パーセント。でも遺伝は50パーセントですよ、と。世界標準でトップは競えないけれど、その人の中で、しなかったときと比べて何か新しいことに気づく、という変化はありえます。
「環境さえ変えればなんとかなる」のウソ
橘:その「読み聞かせの効果が5パーセント」っていうのも、大きすぎる感じがしますが(笑)
安藤:盛っている感じはしますね。たぶんそれ自体が代替指標で、読み聞かせをする家庭はしつけもちゃんとしている、といった関連する要素を全部とりこんでの数値だと思います。そのうちたまたま拾ったのが読み聞かせで、総じて5パーセント、という話です。人に話すとき少し希望を与えたくなるけれど……これ自体もよくないな(笑)。
かつては「親が読み聞かせをしない」「知的な環境を与えない」ことが純粋に教育環境の影響だと考えられ、そうした環境は、教育制度や親向けの子育てトレーニングで改善できると期待されていました。
ところがポリジェニックスコア(※)を見ることで、親が持っていて子どもに受け継がれなかった遺伝子も明らかになり、それがかなり子育て環境を作っているんです。つまり、子どもには伝達していないけれど、親が持っている遺伝子が環境を作っていて、子どもは二重に遺伝子の影響下にある。「環境さえ変えればなんとかなる」という神話が崩されてきているんですね。
※=生まれつき持っている多数の遺伝的特徴のデータをもとに、身体的特徴や病気のなりやすさを表す指標。

