「お受験」は無意味

橘:それが、行動遺伝学の世界的権威、ロバート・プロミンの言う「環境も遺伝する」という意味ですよね。

これまでは遺伝と環境は対立するもので、たとえ遺伝の影響があったとしても、環境も同じくらい重要なのだから、子育てや教育によって子どもの人生を変えていけるはずだと思われてきた。でもその環境までが遺伝するとなると、子育ての常識が根底から覆ることになりますね。

河田雅圭『心はどこまで進化したのか』(河出書房新社)
河田雅圭『心はどこまで進化したのか』(河出書房新社)

安藤:はやく覆ってほしいですね(笑)。

橘:はっきりいえば、お受験とか無意味ですよね。

安藤:無意味です。本人が面白がっているなら、お受験の遺伝的才能があるのかもしれないけれど、その時は背伸びして無理してついているだけかもしれない。実際、小学校卒業くらいまでは共有環境(親の影響)もそれなりに影響力があることがふたごのデータからも示されています。

しかし中学くらいになると遺伝の影響がもっと大きくなる。そこで遺伝的についていけなくなると、親は無駄な重課金をして敗北感だけが残る。

ただ親側が、自分はどっちにいるのかの見極めは難しいです。子どもがある時期、いい顔して勉強しているな、と思ったら実は親を喜ばせようとしていただけだった、ということもありますし。

親がやるべき2つのこと

橘:プロミンは「子育ては重要だが子どもの人生にちがいを生まない。親がすべきことは、愛情をもって子どもを育て、遺伝的可能性が開花するのを楽しみに眺めることだ」と述べています。でもここまで達観できる親はほとんどいないんじゃないですか(笑)。

安藤:親は何ができるのか、僕もよく質問されます。親がやることは2つ。

1つは、子どもの伸びたい・やりたいことを拒まない。もう1つは、どんな子どもであろうと、親が「これは絶対伝えたい」と思うものは断固として伝えること。伝わる保証はありません。反発すらされるかもしれない。けれど、親自身が「価値がある」と認識しているものを振り返って明示する。

音楽でも人助けでも、コツコツ勉強することでも、何でもいいんです。本当に価値があると思うなら、信念を持って伝えろ、と。それで親子げんかになったとしても、伝えようとすることには価値があるんじゃないでしょうか。

居間で息子を叱る母親
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです

橘:でもそれが伝わるとしたら、親と子が遺伝的に似ているからじゃないですか。

安藤:そうです。その確率もそこそこ高いんです。基本的には両親の平均値になる確率が相対的に高いですからね。

しかし両親と全然違う性質を遺伝的に持った子どもが生まれる確率もゼロではない。なにしろ全染色体上に散らばる何千、何万というDNAの変異の組み合わせが一人の子どもを作り、親から子への伝達のされかたは、トランプを配るときのようにランダムですから。一組の親から、理論的にはあらゆる素質の子どもが生まれると考えてもいいくらいです。親の音楽的素質が遺伝的には子どもに伝わらなかったかもしれない。でも親自身が音楽が素晴らしいと思って伝えようとすること自体は、仮に能力として伝わらなくても意味があると私は考えています。