なぜ日本は誰もが沈黙を貫いたのか

ゴヴェッラ氏は、日本側が動かなかった事情をこう見る。

「日本の多くの政治家や公人は、国内外にもっと差し迫った問題があると感じているようです。加えて、日豪二国間関係の重要性が増していることを踏まえれば、両政府には互いに結束を保つ強い誘因があります」

日豪は、中国などからの経済的威圧に直面した際に互いを支え合う決意を示す共同宣言を出しており、それに配慮したのかもしれない。

日本国内には別の事情もある。野党と主要メディアは今、高市政権への批判を強める局面にある。就任直後の支持率が時間とともに落ちるのは、岸田政権や石破政権でも見られた通常のパターンで、現在の支持率低下も想定の範囲内だ。ただ、消費税減税などを巡り、一部で退陣論が語られはじめた高市首相は、メディアからの批判・攻撃の対象にはなっても、擁護の対象にはなりにくかったのかもしれない。

日本側から一切の抗議がなかった理由は他にもある。性的な含意のあるやりとりに対して、日本で女性の権利を訴える人々や識者も声を発さなかったのは、「高市首相は連帯すべき相手ではない」との見立てがあったからではないか。高市氏は、夫婦別姓に反対し、女性天皇に反対し、改憲を掲げている。政策的に相いれない相手へのサポートはできなかったのだろう。

政府、メディアなどはそれぞれの理由で沈黙を貫いた。その結果、自国の首相が友好国の首脳に“侮辱”されても、誰一人声を上げない珍現象が起きてしまったことになる。

山上氏は言うように、「おかしなときはおかしいと指摘する。それが本当の意味での緊密なパートナー」であるべきだろう。

ディスインフォメーションに使われたメロン騒動

このメロン騒動について、筆者が7月27日に英字紙ジャパン・タイムズに寄稿した論考の一節が、「高市首相本人の発言」として匿名アカウントにより拡散された。これを受け、ロイター通信のファクトチェック部門から筆者に直接、事実関係の確認を求める連絡が入った。

元オーストラリア駐日大使の山上信吾氏
元オーストラリア駐日大使の山上信吾氏(写真=在オーストラリア日本国大使館/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

日本政府は何も発表せず、日本のメディアもこの騒動をほとんど報じなかった。公式発表がない情報空間では、ディスインフォメーション(誰かを欺き、世論を動かす目的で意図的に作られ、拡散される情報)が訂正されないまま流通する。今回のように、実在する人物の発言を偽装する手口はその典型だ。

このメロン騒動が日豪関係の根幹を揺るがすことは、おそらくないだろう。だが外交が無事であることと、世論が無事であることは別だ。SNSの時代には、こうした騒動は「ウェッジ・ポリティクス(分断政治)」、つまり人々の対立を意図的に煽って社会を分断させる手法に使われる。国内では、アルバニージー首相を叩きたい側にも、高市首相を叩きたい側にも使える。国外では、日本と豪州を分断したい国にとって、格好の材料になりうる。

では、あのメロン発言があった時点で、日本は何をすべきだったのか。山上氏の答えは具体的だ。

「本来だったら(現地)の大使が言うべきです。何らかの形でね。ユーモアを混ぜて、半分混ぜっ返す形でいいんですよ。大人の対応で、しかし、しっかりと釘を刺す」

山上氏自身、豪スカイニュースのインタビューに、あえてメロン色のジャケットを着て臨んだ。自身のYouTubeチャンネル出演時はメロン色のネクタイをつけた。

クアッドと戦略的思考

今年5月26日にニューデリーで第11回外相会合が開かれ、ルビオ米国務長官はクアッド(日米豪印の戦略対話)について米国の世界戦略の要と位置づけ、年内の首脳会合実現に向けて各国が作業していると述べた。

「今こそ連携を加速して、年内の首脳会合を実現する。それが最優先課題であって、日本の首相からもらったメロンをネタにして野卑な笑いを浮かべている場合ではないでしょう」(山上氏)

【参考文献】
首相官邸「日豪首脳夕食会」(クラウンメロン贈呈、日本産メロンの輸入解禁)
ポッドキャスト「Bush Deep」シーズン2第1話(2026年7月3日公開)
豪州統計局「Cultural diversity of Australia」(2021年国勢調査)
豪州統計局 QuickStats(2021年国勢調査)
豪州選挙管理委員会 グレインドラー選挙区
アルバニージー首相公式サイト

ファクトチェック
AAP FactCheck「Podcaster's quip about Japan PM's melons misattributed to Albanese

メロン発言をめぐる豪州報道
Newcastle Herald(AAP配信。国会での謝罪拒否)
The Nightly(労働党女性議員の沈黙、日本大使館の無回答)
Region Canberra(首相府による否定声明)
The Conversation「View from the Hill」(閣僚の反論、首相周辺の説明)
One News Australia(アラン州首相の反応)

「Ditch the Witch」看板をめぐる報道
Pedestrian.TV
Bendigo Advertiser

メローニ首相とトランプ大統領(2026年6月)
AP 
NBC News
The Hill

クアッド
Stimson Center(2026年5月26日、第11回外相会合)

筆者取材
山上信吾・元駐オーストラリア大使(2026年8月、オンライン取材)
クリスティ・ゴヴェッラ氏(オックスフォード大学准教授、CSIS日本部長。2026年8月、書面回答)
ロイター通信ファクトチェック部門からの照会および回答(2026年8月)

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