「ムラ社会」の時代は終わった

かつての日本には、「ムラ社会」という言葉で表現されるような地域共同体が存在していた。食料や衣類をはじめ、生活に必要な物資を調達するためにも、仕事に就くにしても、いろいろな人たちの手を借りる必要があった。その時代では、地域の交際から締め出されてしまう「村八分」というペナルティを受けることは、死活問題だった。

しかし、社会は変わった。お金さえあれば、生きるために必要なサービスを受けることができるようになった。もはや、友達がいないと生きていけない時代ではない。それなのに、私たちは今でもムラ的な親しさの作法に縛られている。「友達がいないと恥ずかしい」という感覚は、その名残なごりだ。

この本が2008年に出版されてから、もう15年以上が経つ。しかし、そのメッセージは今でも色褪いろあせていない。むしろ、SNSの普及によって「つながり」への強迫観念が強まった現代において、ますます重要性を増しているように思う。菅野先生は2016年にお亡くなりになったが、その著書『友だち幻想』は今でも多くの人に読まれ、救いとヒントを与え続けている。

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写真=iStock.com/Urupong
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友達の有無は人間性とは無関係

友達がいないことを恥じる必要はない。そのことを、私はもっと強く言いたい。

友達ができるかどうかは、本人の努力だけでは決まらない。環境、タイミング、相性、運。さまざまな要因が絡み合っている。コミュニケーションが苦手な人もいれば、人混みが苦手な人もいる。一人でいることを好む人もいる。それは性格の問題であって、人間としての価値とは何の関係もない。

「友達が多い人は素晴らしい」という価値観は、外向的な性格を持つ人にとっては自然なものかもしれない。しかし、内向的な人にとっては、これは暴力的な価値観だ。自分の性格を否定されているように感じるからだ。

友達がいないことで後ろめたさを感じている人がいるなら、声を大にして言いたい。あなたは何も悪くない。友達がいないことは、あなたの欠点ではない。単に、あなたの生き方がそうなっているだけだ。