相当の覚悟をもって「軍神」に斬り込んだ

『坂の上の雲』は時代を書こうとしている。その時代の栄光も、その後の破滅にいたる時代への萌芽も、書こうとしている。そのために乃木将軍は書かねばならない。テーマであり、書く以上は自分が納得できるものにしなければならない。

なるほど乃木将軍は人格的にはたしかに高潔でした。写真が好きでしたが、旅順陥落後の敗将、ステッセルとの会見写真はありません。会見後の、友人としての記念撮影ならあります。敗軍の将に対する武士の情がそこにあります。太平洋戦争でシンガポールが陥落したときの、山下奉文ともゆき中将とパーシバル中将との写真を思い起こせば、ふたつの戦争の違いがわかります。日本人もまた変わっていく。

日本の将軍乃木希典とロシアの将軍
中国の旅順口区でロシア軍が降伏した後の日本の将軍乃木希典とロシアの将軍(作者不明/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

乃木将軍は神格化されました。赤穂あこう浪士と同じように、浪花節、講談、琵琶などで、その死は美化された。いろいろあった軍国美談の中で最大のものでしたが、そこに司馬さんは本格的に斬り込んでいる。

青木彰『司馬遼太郎と三つの戦争 戊辰・日露・太平洋』(朝日文庫)
青木彰『司馬遼太郎と三つの戦争 戊辰・日露・太平洋』(朝日文庫)

軍神に祭り上げられる怖さを、だれにも文句がいえないような取材で書き込んでいます。殉死の不自然さを冷静に書いた「腹を切ること」を読めば、さらに司馬さんの覚悟がわかると思います。

このことは記憶してほしいですね。

世界とほとんど交流がなく、チョンマゲ姿に刀を二本差した侍が支配していた日本が、わずか3、40年で清国はおろか、大国ロシアを破る国になった。そこには、国家、民族、人間の面白さがありますが、恐ろしさもあります。乃木さんはその象徴的な存在でもありました。

【関連記事】
戦国も幕末も日露戦争も書いたのに…「太平洋戦争」だけ小説にしなかった司馬遼太郎が弟分に真顔で残した言葉
大地震でまず確保すべきは水でも食料でもない…被災者が「これだけは担いで逃げて」という最も重要なモノ2選
異民族に3000人の皇族が連れ去られ、収容所送りに…「戦利品」になった女性皇族たちがたどった悲惨な結末
「家の近所を歩く」よりずっと効果的…精神科医「ウォーキング効果を最大限に引き出す」とっておきの場所【2026年4月BEST】
「ボディーバッグ」より評判が悪い…休日のイオンで見かける一発で「だらしないお父さん」になるNGアイテム【2026年6月BEST】