同じ時代を生きた人を描くつらさ

次に明治天皇との関係ですが、封建社会での主君と家臣の関係だと司馬さんは考えた。

新しい時代になっているのですから、その求道家としてのストイシズムはときにこっけい感をともないます。純粋な、古武士道の体現者に対しある種の親しみを示し、評価もしています。

司馬さんは冷静に乃木将軍を分析しています。これは私たちが考えるより、辛い作業だったと思います。

乃木希典の肖像
乃木希典の肖像(作者不明/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

「『殉死』を書く用意をしはじめたとき、途方に暮れる思いがした記憶があります。乃木希典があまりにも最近の人であるということです。歴史というのは百年たたないと成立しないというのは、本当ですね。乃木希典はまだ死後、半世紀とちょっとしか経っていません。

(中略)

ともかく乃木希典という人間は、歴史的にはまだ●醸うんじょうされていないのです。ですから、小説を書くために必要な取材以上の取材をしようと思いたち――つまりあとから故障が出ないように――できることなら天皇さんにも取材したいと思いました。天皇さんはまだ少年のころ、乃木希典の最後の講義を聴かれたからです。

※「うん醸」の「うん」漢字は正しくは「とりへん」、右側上に「囚」下に「皿」。

この『殉死』が刊行されてから、天皇さんに接しうる立場にいる人が、あのくだりは本当ですか、と質問されたとき、天皇さんが、私もそのように記憶している、とおっしゃったそうで、その話をあとで聞いて、妙な安堵感あんどかんをおぼえました。その人物を知っているという人が作者と同時代にいるということは、じつにつらいことです」

小説は自分で考えだして書くべきもの

乃木将軍を書くうえで、大きなプレッシャーがあったことを想像させます。しかし司馬さんはこうもいっています。

「わたしにとって『小説』とは、まずわたし自身のためのものです。わたしが別のわたしに読み聞かせるためのもの……とこうひらき直っているのは一種のコンプレックスのせいなんです。

(中略)

小説というものは自分で考えだして書くべきもので、『純文学』とか『大衆文学』とかいうふうに概念で分けて書くものではありません。わたしはそうした概念で小説を書こうとしたことは一度もありません」

以上の司馬さんの考えは、覚悟を語ったものだと思います。