「特別感」を求められる祖父母の悲鳴

もちろん、そうした傾向は、あくまでも推論に過ぎない。「帰省ラッシュ」がニュースになる以上、多くの人たちにとっては、あくまでも「遠方」の祖父母世代のもとに帰る、それが「帰省」なのだろう。

だからこそ、「孫疲れ」が生じやすい社会になっている。

孫が遠くから来る場合には、普段の接点が減っているがゆえに、歓迎しなければならないというプレッシャーは高まる。食事から始まり、プレゼントや、「お盆玉」と呼ばれる「お年玉」の夏バージョン、さらには、寝る場所も整えなければならない。

かたや、近くにいる孫の場合もまた、日常とまで行かずとも、それなりに孫のケアをしているのに加えて、お盆ならでは、の特別感を陰に陽に求められている(ように感じてしまう)祖父母世代もいるに違いない。

とすると、あくまでも限定された対象に過ぎないとはいえ、先に見たデータのように、孫に「帰省して欲しくない」と答える割合が半数を超えたり、孫とのやりとりを増やしたくも減らしたくもない=「どちらでもない」と答えたりする割合が多くなる、こうした結果につながっている可能性もある。

「孫疲れ」は誰の責任でもない

ただし、「孫疲れ」を、どこまで確定した数値として示せるのか、注意しなければならない。10年前、それも「60歳代祖母」に限った調査とはいえ、「祖母の感じている疲労と日常的な孫の世話の因果関係を確定するには不十分」とする論文が書かれている(※1)

※1:仲野宏子、長弘千恵、猪狩明日香、道面千恵子、斉藤ひさ子、小笹美子「60歳代祖母による孫の世話の状況と疲労との関連」『日本地域看護学会誌』Vol.19 No.1, 2016

大切なのは、「孫疲れ」の実情を数字として確定させるよりも、「複数の構造的な要因」に分解し、それぞれへの意識を高める態度にほかならない。求める孫が悪い、とか、世話を押し付けようとする子どもが悪いとか、年長者としての余裕がない祖父母が悪い、といった、犯人探しに躍起になるのではない。

それよりも、さまざまな状況がからまりあった必然の結果として「孫疲れ」を見つめなければなるまい。