集団を結束させるプロセスの謎
私は初めてこの融合の尺度に出合ったとき、たちまち共鳴した。なぜなら、パプアニューギニアの苦痛を伴う通過儀礼が、それを同時に経験した人々の間にあれほど強い絆を生み出す理由を、何年も理解しようとしていたからだ。それらの経験の記憶がどのように人々の個人としてのアイデンティティを形成したかに、そしてまた、通過儀礼にかかわる集団についての人々の考え方にその経験の記憶がどのような影響を与えているかに、その理由はきっと結びついていると私は感じた(※12)。
ところが、これらのプロセスが集団の絆の形成に与える影響を評価する方法が、私にはなかった。だから、スワンとゴメスの融合の概念こそ、私がずっと探し求めていたもののように思えた。
私は共同研究者たちとともに、新しい融合の概念を使ってたっぷり調査した後、この仕組みについて検証可能な仮説に行き着いた。この説によれば、融合に至る道は少なくとも2つある(※13)。1つ目は、集団の他のメンバーと生物学的な本質的特性を共有していることだ。人間社会はじつに多種多様ではあるものの、家族のメンバーが遺伝性の本質的特性(「血」「骨肉」「精神的本質」などと解釈されるさまざまな特性)を共有していると考えることは一般的だ。このような本質化された生物学的特性を共有していると思っていれば、私たちはより「融合」するのか?
なぜ国家や民族を「家族」に例えたがるのか
最初の頃に私たちがこの仮説を検証するために採った方法の1つが、双子の調査だ。私たちは二卵性双生児246人と一卵性双生児260人を集めて、各ペアに相手とどれだけ「融合」しているように感じているかを尋ねた。驚くまでもないかもしれないが、彼らの報告に基づくと、一卵性双生児のほうが二卵性双生児よりも融合している度合いがはるかに高いという結果になった。
だが興味深いことに、融合の生物学的基盤がまったく存在しないときにさえ、人々は自らの集団の絆を説明するときに生物学的特性を持ち出す傾向がある。実際、場合によっては、生物学的特性を共有しているという認識だけでさえ、肌の色や髪の毛のタイプや顔の特徴といった、人種分類にかかわる身体的特性を共有する大きな集団との融合の基盤として使われうる。生物学的絆が持っていると私たちが見なす力のおかげで、融合した人々が血縁関係に関連した言葉を使って集団の他のメンバーについてしばしば語る理由も説明がつきやすくなるだろう。
たとえば、民族主義者は自分の国を母国とか祖国とか呼ぶし、同じ民族集団に属する男性たちは互いを兄弟と呼ぶし、フェミニストは女性を「姉妹関係(シスターフッド)」の観点で捉える。
