秀吉にとってはお市すら踏み台

わずかに軍記物の『柴田合戦記』(秀吉の右筆・大村由己おおむらゆうこ著)が、北ノ庄落城前夜の勝家とお市の対話を記している。

勝家は「秀吉は信長の妹に対して憐憫の情があるだろうから、明朝敵陣に送り届ける」といったが、お市は「黄泉まで一緒にと誓った。ともに死ぬ」と譲らなかった。

お市は茶々・初・江の三姉妹だけ秀吉軍に降らせ、勝家と共に命を絶った。

結果から見れば、秀吉はお市など欲しくはなかったと思う。秀吉が欲しかったのは信長の後継者の座であり、三法師も信孝も信雄も、そしてお市も、その踏み台に過ぎなかった。

重要文化財 狩野光信《豊臣秀吉像》(部分)。慶長3年(1598)賛 京都・高台寺蔵
重要文化財 狩野光信《豊臣秀吉像》(部分)。慶長3年(1598)賛 京都・高台寺蔵(写真=大阪市立美術館/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

対して勝家は、お市を娶ったことによって織田の正統性を確保し、それを重んじたのかもしれないが、正統性など秀吉にはどうでも良かった。お市という存在を軸に両者を見比べると、勝家と秀吉の価値観の違いが鮮明に浮かび上がるのではないだろうか。

勝家は決して愚鈍ではなかった――実直すぎたのが、戦国の世では足かせになったと思う。

参考図書
・黒田基樹『お市の方の生涯「天下一の美人」と娘たちの知られざる政治権力の実像 』(朝日新書、2023年)
・高柳光寿『戦史ドキュメント 賤ケ岳の戦い』(学研、2001年)
・柴裕之『清須会議 秀吉天下取りへの調略戦』(戎光祥出版、2018年)

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