ひとめでわかる強面のヤクザに怒鳴る少女
――プロが仲介や管理をする仕組みから、アマチュアが最短距離で稼ぐ時代に変わったということですか?
いわば「ショートカット思想」です。
犯罪に置き換えるとわかりやすい。トクリュウ(匿名流動型犯罪)は、金を持っている人の家に押し入り、奪い取るという極めてシンプルな犯罪です。対して、バブル期の犯罪は、総会屋や地面師のように、さまざまな人間や仕組みが絡み合う複雑なものでした。
店やヤクザを通さず、立っていれば客がつく立ちんぼは、ショートカットの思想と、ヤクザを頂点としたコミュニティの崩壊が生んだ稼ぎ方と言えます。
その現実を象徴するような話を歌舞伎町に事務所を置く指定暴力団幹部に聞きました。その人は、30メートル先からでも堅気ではないとわかるほど強面のヤクザです。ある日、彼が立ちんぼに「このへんに立たないほうがいいよ」と言ったら「うるせえ、ジジイ!」と怒鳴り返されたそうです。
この人に「うるせえ」と言うなんて……その話を聞いて驚きました。ふつうの感覚なら、恐怖を感じるから文句なんて絶対に口にできません。ぼくも「実話ナックルズ」(ミリオン出版)の編集長時代は「オイ、こら!」とよくヤクザに凄まれて、恐怖を植え付けられましたから(苦笑)。
暴排条例施行から十数年が経ち、いまの若い子はヤクザの怖さを知らないのかもしれません。カタギでも墨が入った人はたくさんいます。素人とヤクザの見分けがつかなくなってしまった可能性もあります。それでも、ぼくには、路上に立つ若い女性たちのタガが外れているとしか思えなかった。
「何か」を求めて歌舞伎町に集まる人々
――タガが外れた原因はなんだと思いますか?
立ちんぼの多くが、自己肯定感や承認欲求を満たすために、ホストクラブに通ったり、推し活をしたりしています。彼女たちは必死です。必死だからこそ、リスクを犯して歌舞伎町に立っています。しかも後ろ盾のないフリーです。怖い物がないのかもしれません。
以前に地方で、親のネグレクトのせいで服も買えず、カラオケや漫画喫茶を転々するような生活を送る若い女性にインタビューをした経験があります。歌舞伎町の立ちんぼを取材していると、彼女のような人たちが歌舞伎町に「何か」を求めて集まってきているのではないかと思います。
そしてこれは昭和の時代から変わりません。歌舞伎町には「何か」があると思って皆、特に地方から集まってくる。この図式はずっと同じなのです。
大久保公園やトー横が、メディアに取り上げられて有名になればなるほど、人が人を呼び、溜まり場になる。立ちんぼやトー横キッズだけではありません。ヤクザもホストもキャバ嬢も風俗嬢も、それぞれの「何か」「誰か」を求めて歌舞伎町に集まってきます。
ヤクザを頂点にした旧来のコミュニティはバラバラになってしまいましたが、歌舞伎町に来れば、新たなつながり――歌舞伎町に溜まることで発生したコミュニティに受け入れてもらえるかもしれない。歌舞伎町は誰でも受けいれる街ですから。その「誰か」や「何か」が、歌舞伎町の魅力なのではないかと感じます。



