暴排条例以降現れた“神待ち少女”

外国人の立ちんぼの街だった歌舞伎町の姿が大きく変わるきっかけが、1992年の暴力団対策法の施行です。その後、石原慎太郎都知事時代の2003年から「歌舞伎町浄化作戦」がスタートし、100台以上の監視カメラが設置され、街から外国人を排除していきました。そして決定的だったのが、暴排条例です。

それまでは二つの暴力団が組織的に歌舞伎町の立ちんぼのコミュニティを束ねて、ある意味では秩序を維持していました。それが暴排条例以降、ヤクザが組織として動けなくなり、コミュニティが崩壊してしまった。

暴排条例前後に外国人の立ちんぼに代わって現れたのが、“神待ち少女”です。家出をして居場所がない若い女性が、SNSを通して食事や宿泊場所を提供してくれる“神”を待つ。神待ち少女は売春の温床になりました。