「子供でも作れそう」な絵に数億円払う人たち
休日に美術館へ足を運び、現代アートの展示室に入ったとき、多くの人は戸惑いを覚えるはずだ。真っ白なキャンバスに点が一つだけ描かれた絵や、ただの工業製品がポツンと置かれただけの空間。それらを前にして、「これならうちの子供でも作れそうだな」「何が素晴らしいのか全く意味不明だ」と苦笑いした経験を持つ人は少なくないだろう。
われわれの一般的な感覚からすれば、アートとは緻密な風景画や美しい肖像画など、一目見て「技術が優れている」とわかるものを指すからだ。あるいは、何百年も前の天才が人生を懸けて描き上げた、歴史的な遺物こそが何億円もする価値を持つと信じている。
しかし、その「意味不明なもの」や「子供でも作れそうなもの」に、世界の超富裕層たちは数億円、時には数十億円という信じられない規模の資金を投じている。
彼らはただ見栄を張るためだけに、無価値なものに大金を支払うような愚か者なのだろうか。いや、断じてそうではない。彼らは現代アートという市場に隠された「価値創造のルール」を完全に理解し、極めて合理的な消費行動をとっているのだ。
その事実を世界に見せつける、ある驚くべき事件が5月に起きた。
9億円超のバナナが盗まれた
今年の5月30日、フランス東部のポンピドゥー・センター・メスで、ある「盗難事件」が発生した。
展示されていた現代アートの作品が、何者かによって壁から持ち去られてしまったのだ。
実は、この作品のバナナが展示中に持ち去られたり、来場者に食べられたりするのはこれが初めてではない。過去にも複数回、同様の前例があるいわくつきの作品なのである。
盗まれたのは、イタリアの現代美術家マウリツィオ・カテランの《コメディアン》という作品である。
仰々しいタイトルがついているが、その実態は「本物のバナナを、銀色のダクトテープで壁に貼り付けただけ」のインスタレーション作品だ。
この作品は2019年にアメリカで開催された世界最大級のアートフェア「アート・バーゼル・マイアミ・ビーチ」で初めて発表され、最初の2点は12万ドル〔約1300万円(※)〕、需要の高まりを受けて3点目は15万ドル(約1600万円)に値上げされ、瞬く間に3点が完売した。その後、アート市場の熱狂のなかでその価値はさらに高騰し、2024年のオークションではなんと約9.6億円(約624万ドル)という驚異的な価格で落札された。文字通り「世界一高額なバナナ」である。
※為替レートはいずれも当時のもの


