「スペック」のよさは響かない

さて、ここからが本題である。この現代アートの奇妙なルールをビジネスの文脈に翻訳すると、ある事実が浮かび上がってくる。

それは、原価がほぼゼロの物質に、「圧倒的なブランド力」と「ストーリー」だけで数億円、数十億円の価値を持たせる「究極の無形商材マーケティング」の姿だ。

われわれの身の回りにあるビジネスの多くは、実体経済に基づいている。原価が100円のジュースを150円で売り、原価が1000万円の車を1500万円で売る。いかにして原価を抑え、機能(スペック)を高め、利幅を取るかという勝負である。

しかし、超富裕層が生きている資本主義のトップエンドでは、そのルールは通用しない。彼らは、モノの機能や耐久性にはとっくに飽きている。彼らが求めているのは、「世界に強烈なインパクトを与える文脈」に対する独占権である。

カテランのバナナは、その完璧な成功例だ。前述した通り、実はこのバナナは過去にも複数回、展示中に「食べられる」という事件を起こしている。2019年のマイアミでの展示中にはパフォーマンス・アーティストが壁から剥がして食べてしまい、2023年には韓国のソウルの美術館で男子学生が「朝食を食べていなくてお腹が空いていたから」という理由で食べてしまった。

「コメディアン」を624万ドルで落札した中国生まれの起業家、ジャスティン・サン。購入した直後に作品のバナナを食べた。(2024年11月29日、香港)
写真=Peter PARKS/AFP/時事
《コメディアン》を624万ドルで落札した中国生まれの起業家、ジャスティン・サン。購入した直後に作品のバナナを食べた。(2024年11月29日、香港)

普通の商品であれば、欠陥品としてブランドに傷がつく大惨事である。しかし、この作品においては違う。バナナが食べられ、新しいバナナが貼り直されるたびに、世界中のメディアがこぞってそのニュースを報じ、SNSで爆発的に拡散される。「バナナがアートか否か」という大論争が巻き起こり、数え切れないほどのパロディ画像が作られ、ミーム(模倣されて広がる文化的な情報)として世界中を駆け巡る。

「世界中が熱狂する現象のオーナーになりたい」

12万ドル、あるいは今回の約9億円という大金を払ってこのバナナの証明書を買った富裕層は、いったい何を手に入れたのか。

彼らが買ったのは、部屋に飾るための果物ではない。「世界中が議論し、ニュースになり、怒り、笑い、時には食べられ、盗まれすらする『強烈な社会現象(ミーム)』の当事者になる権利」である。

「今、世界中で話題になっているあのバナナのオーナーは、実は私なんだ」

この一言が言える権利に対して、彼らは喜んで大金を支払う。実体経済から完全に遊離し、人々の話題と熱狂という「概念」そのものに値段をつける現代アートの価値創造プロセスにおいて、これほど象徴的で、利益率の高いビジネスモデルは他に存在しない。

原価数十円のバナナを媒介にして、約9億円のキャッシュと世界的な名声を生み出す。これはもはや、現代の錬金術である。