結果が出なくても貫いた「全品均一価格」
――大倉社長は、多くの経営者の著書やセミナーを経営の参考にされてきたと聞きます。「うぬぼれ」にも、どなたかの影響があったんですか。
【大倉】いえ、一言一句、自分で考えましたね。それが良かったと思います。どこからか引用していたら借り物になりますから。自分で考えたからこそ説得力を持って語れますし、伝えていけるものだと思います。
一度、こんなことがありました。後輩のたこ焼き店の経営者から、「大倉さんの理念の焼鳥の部分をたこ焼きに変えて、使わせてもらえませんか」と。僕は「やめなさい」と止めたんです。それではあなたの本当の思いは伝わらない。自分で絶対考えなきゃと。そういう言葉が出ないときは、理念なんて作らないほうがいいと思います。
――なかなか結果が出なかった時期に「全品均一価格」など、ご自身のビジネスモデルそのものを疑うことはありませんでしたか。
【大倉】それはなかったですね。新しく出した店は、最初こそお客様が少なくても、着実に口コミで増えていき、売上が上がっていたので自信を持っていました。
でも、自分のビジネスモデルを信じていることと、思うように結果が出ない焦りはまったくの別物です。だから30代は、ずっとモヤモヤしていたんです。
30代で成功しなくて本当に良かった
――多店舗展開できなかった要因はどこにあったのでしょう。
【大倉】オープンした直後から、すぐに軌道に乗せるだけのブランド力がありませんでした。だから立ち上がりにどうしても時間がかかったんです。その課題がようやく解決したのが、2003年の道頓堀への出店でした。
――大倉社長が、40代に入られた頃の転機ですね。
【大倉】ええ。繁華街の空中階で一気に火がつき成功したことで、注目を浴びるようになったんです。続けて心斎橋、梅田、茨木など乗降客の多い駅に出店していったことで、知名度がずいぶん上がっていきました。
――いま振り返って、当時の経験が役に立ったと感じることはありますか。
【大倉】すぐに成功しなかったことですね。もし起業してすぐに成功していたら、商売をもっとナメていたと思います。若くして変にお金が入ると、本当のお金の使い方もわからないじゃないですか。遊びに使ってしまったりね。うまくいかなかったからこそ、商売の難しさやお金の使い方、ありがたみが理解できるようになりました。だから僕は、晩成型の人のほうが、結果的にはいい人生を歩めると思っているんです。
失敗だと思ったことは何もないですね。どんな経験も、それがあったから今がある。そう信じているから、どんなときも逃げませんでした。壁が来ても、「これを越えてやろう」と向き合いました。それは良かったなと思います。一度逃げると、その後も逃げる人生になりますからね。

