いまだに謎に包まれているマリリンの死
はたして、マリリンは本当に自殺したのだろうか?
その後、様々な疑問が提示されている。大きなものは、死後解剖の報告から、彼女の胃から死に至るほどの薬物が検出されなかったことだ。さらに、注射の跡もなかった。
唯一、遺体で不自然だったのは、S字結腸が異常に赤く腫れていたことだ。誰かが、彼女の腸に薬物を注入したとしか考えられなかった。
彼女は毎日のように浣腸をしていたが、直腸を通り超して、S字結腸まで浣腸をするのはひとりでは難しい。他殺の可能性がある。なおかつ、マリリンが自殺する理由がない。「女房は生きていた」の撮影は夏過ぎにはじまるはずだった。
一体だれがマリリンを殺したのか? それとも自殺だったのか、事故死だったのか、いまだに謎に包まれている。
1962年、映画の撮影現場を訪れたモンロー(左から3人目)。彼女がメディアの前に現れた最後の姿(写真=Associated Press/Public domain/Wikimedia Commons)
結婚式での約束を守った元夫ディマジオ
マリリン・モンローの葬儀はジョー・ディマジオが仕切った。他にモンローの異父姉バーニース・ベイカー・ミラクル、およびモンローの代理人を務めていたイネス・メルソンが携わっている。
ディマジオはマリリンの葬儀を、やじ馬で汚したくなかった。8月8日、葬儀はウエストウッド・メモリアルパーク墓地で執り行われた。非公開だった。彼女の最も近しい関係者のみが参列した。
葬儀に参列できなかった何百人もの見物人が墓地の周りの通りに群がった。
ディマジオは結婚式でのマリリンとの約束を守った。
「私が先に死んだら、毎週、私の墓に花を供えてね」
20年間、体が続くかぎり、毎週、マリリンの墓に花を添えた。


