比較に苦しむ処方箋に「花咲かじいさん」
問題は、比較そのものではなく、比較の仕方です。
「あの子はできるのに、うちの子は……」
そこで親は考えてしまいます。
「同じ習い事をすれば追いつくかも」
「同じ教材を使えば結果が出るはず」
でも、そうして成果だけを見て焦ると、親の不安は子どもに伝わります。
すると子どもは、「自分はダメな存在なんだ」というメッセージだけを受け取ってしまう。
そうして、自己肯定感がむしばまれていきます。
さらに厄介なのは、比較が子ども同士の関係を壊すこと。
比較対象にされた子への嫉妬、怒り、敵意が生まれます。私も親の比較がいじめや学級崩壊につながった場面を何度も見てきました。これは子どもに取り返しがつかない傷を残します。
だから、比較が苦しいときの処方箋として、私は「花咲かじいさん」をおすすめします。
「花咲かじいさん」は、日本の昔ばなしに多い「隣の爺型」という比較で不幸になる話の代表例です。
宝を得た隣の爺さんがうらやましくて、うまくいった結果だけを真似る。
同じ道具を使い、同じ行動をなぞる。
けれど、結果は真逆になる。
この話は、比較がもたらす末路を、とてもわかりやすく描いています。
「花咲かじいさん」が教えているのは比較するな、ではありません。学ぶ必要があるのは、「あり方を観察し、やり方を学べ」という姿勢です。
「表面を真似るな」
「根っこを見ろ」
成果は行動だけで決まるものではありません。
親が自分に問い直すべき言葉
安心感や信頼関係、環境、自己効力感。
これらの見えない土台があって、初めて結果が出る。
たとえば、学力が高い子がいたとします。
その子がどんな意識を持って勉強をしているのか。
どんな大人に、どう支えられているのか。
安心できる居場所があるのか。
そこを見ずに、結果だけを比較し、教材だけを真似ても、うまくいかないのは当然です。
比較は、子どもを伸ばすための道具にもなります。つい比べちゃうのも、羨ましいのも、妬ましいのも、仕方ない。観察してあり方を見たらやれることもある。
「花咲かじいさん」は、親にこう問いかけています。
「あなたは、結果を見ているのか? それとも、あり方を見ているのか?」
比較が苦しくなったら、この問いに戻ってきてください。
それだけで、親も子も、少しだけ楽になるでしょう。


