変わり者の父親と車椅子の母親

2016年4月〜6月頃、増井さんは自宅と実家を何度も行き来した。27歳の長女は自宅通勤していたが、24歳の次女は家を出て関西の大学の修士課程に進んでいた。

84歳の父親は、動作はゆっくりになったが、自分のことはできる状態だった。

「父は好き嫌いが激しく、私が作った物を食べないだけでなく、野次を飛ばしてきたり嫌味を言ってきたりする変わり者でした。自転車で買い物に行き、『サトウのごはん』みたいなレンチンするご飯と、温めるだけのシュウマイ、オムレツ、コロッケなどを繰り返し食べていました。年々体力的につらそうでしたが、頭はしっかりしていましたし、相変わらず『そんなもん作るな!』『いつまでやっとる!』などと憎らしいことを言ってくるので放っておきました」

2016年7月。母親は突然足が痛いと言い出し、家の中でも歩くことができなくなった。2015年に右大腿骨の手術をした時、「左も軟骨がすり減ってきているので、手術は時間の問題です」と言われていたことを思い出した。

増井さんは、すぐに関節置換手術の実績が多い病院を予約したが、順番待ちが多く、「手術は(3カ月後の)10月」と言われる。

「関節置換手術でそれくらい待つのは当たり前のようでした。その頃から私は、実家に住み込んで母の世話をするようになりました。夫は、初めは時に激しく、時にグチグチと言ってきましたが、私以外に介護をする人がいないのでしかたのない事でした。当時は姑と同居していて、夫には申しわけないですが、その環境から出られたのは少しうれしくもありました。長女は発達障害がありましたが、27歳ですし、『親子バラバラになってもいい年齢なのかな』とも思いました」

一方、義母は87歳で自宅近くの老人ホームに入り、一人っ子である夫が毎週モーニングに連れ出すなど、それぞれに最後の親孝行をする状態に。そして夫は定年になると、趣味や人との繋がりを増やし、一人で楽しむようになった。

増井さんが自宅用に車椅子を借りてくると、家の中でも母親は車椅子で移動するように。じっとしているよりマシだが、母親は自力では全く立ち上がることができず、自分で車椅子に乗ることもできない。そのため、トイレに行くときは必ず増井さんの介助が必須だ。

スポットライトが当たる便器
写真=iStock.com/happyphoton
※写真はイメージです

まだ世界がまっくらな深夜や明け方に容赦なくたたき起こされ、車椅子への移乗、ズボンの着脱、排泄介助……。しかも夜に3度、4度と繰り返すこの重労働のため、増井さんは睡眠不足と疲労を蓄積させ、心身が限界まで削られていった。

だが、それはまだ介護の入り口に過ぎなかった。

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