鈴木会長に突き付けた2つの条件

一つ目は、「どうせなら骨を埋める覚悟で行きたい。セブン‐イレブン・ジャパンを完全に卒業し、片道切符で行かせてください」というもの。

腰掛けではアメリカの役員は自分の言うことに本気で耳を傾けない。当時53歳の野田氏は、65歳までの10年以上をアメリカで働く覚悟を固めていた。

二つ目は、「私はアメリカのお客様と加盟店に軸足を置いた仕事をします。だから、セブン‐イレブン・ジャパンの話はしないでよいですね」というものだった。

小売はドメスティックだ。人種も文化も経済環境も違うアメリカで、「日本ではこうだった」と語るのはナンセンス。これはまさに鈴木氏の教えでもあった。野田氏の進言に鈴木会長は黙って頷いた。

2012年、野田氏はテキサス州ダラスに移り住み、生活者の目線でアメリカのセブン‐イレブンを見つめ直した。ジョー・デピント社長から忌憚のない意見を求められたのも有難かった。

「とにかく品揃えの悪さが目につきました。アメリカの商品は1800アイテムしかない(日本は約3000)。棚はスカスカで、欲しいものがない。これでは売り上げは伸びません」

野田氏は「エクスパンド・アソートメント(品揃え拡大)」を提案した。

「実はこれまでもアメリカに出向していた日本の社員は、品揃え拡大を提案したというのです。ところが彼らは『このやり方が日本で成功している』と説明したんだそうです。これでは、アメリカの幹部が首を縦に振るわけがありません」

野田氏はあくまでも、アメリカの立場に立って、アメリカとしての提案をした。だから幹部たちは納得し、提案を受け入れた。ダラス、ニューヨーク、ロサンゼルスの3市場で現状分析を行い、欠落商品を導入した。ニューヨークでは1日の売り上げが、1店舗につき日本円で平均3万円~5万円も上がった。

ピザを全米3位に押し上げた「単品管理」

さらに野田氏は、ここでも店舗に足しげく通って、ある商品のアイデアを思いつく。それは、後にアメリカのセブン‐イレブンを代表するヒット商品に結びついた。野田氏は、バックカウンターの大型オーブン「ターボシェフ」の活用策としてピザを提案したのだ。「ターボシェフ」は24時間加熱でランニングコストがかかる。にもかかわらず、オーブン内に仕込む商品が少なく、あまり稼動していなかった。何ともったいないことだろうと思った。

「アメリカでピザは、日本以上に馴染みのあるファーストフード。2枚9.9ドルの美味しいピザを作れば、絶対に売れると思いました」

野田氏はアメリカの生活に触れて、ピザの潜在ニーズを実感していた。恵方巻のときと同様の嗅覚である。結果、2年後にはピザハットなどの大手を相手に、セブン‐イレブンのピザ販売枚数が全米3位に躍り出た。業績の悪いエリアを次々と立て直してきた野田氏。奇跡に見える手腕だが、本人に言わせれば、やっていることは、何ひとつ変わらない。単品管理の徹底こそが、V字回復の秘密なのだという。