人生最大のターニングポイント
野田氏は、セブン‐イレブン・ジャパンは井阪社長・古屋副社長兼オペレーション本部長の体制が継続するものと思い込んで、こうも言った。
「鈴木さんには、『加盟店にとって、最もオペレーション本部長に相応しいのは古屋さんです。引き続き古屋さんに務めていただくべきです。だから僕をアメリカに戻してください』と言いました。すると鈴木さんは横を向き、腕を組んで沈黙しました。実際には1分も経っていなかったと思いますが、僕には5分くらいに感じました。そしてひと言、『君の考えはわかった』と……」
アメリカに戻すとも、日本に残れとも言わなかった。
野田氏はその足で古屋氏のもとへ向かい、鈴木氏との会話を報告した。すると古屋氏は「馬鹿野郎!」と野田氏を一喝した。
「俺が社長になろうが、ならなかろうが関係ない。おまえが鈴木さんからオペレーション本部長に指名されたんだから、俺はおまえに任せる。アメリカに帰るなんて言うんじゃねえ!」
古屋氏から怒髪天で浴びせられた言葉。野田氏にとっては、よい意味でも、悪い意味でも、人生最大のターニングポイントだったかもしれない。
カリスマが去った後
結局、鈴木会長退任後のセブン&アイ・ホールディングス代表には井阪氏が就任し、空位となったセブン‐イレブン・ジャパン社長には古屋氏が昇格。野田氏は内示どおりオペレーション本部長に就任した。皮肉にもホールディングス代表以外は、鈴木氏の構想どおりの布陣となった。ただし、カリスマ不在の2016年以降、その意味合いはまったく異なるものとなった。セブン‐イレブンの経営環境には確実に地殻変動が起きつつあった。
やがて古屋氏は去り、鈴木チルドレンたちは影響力を失った。それでも野田氏はオペレーション本部長、専務、副社長と順調に階段を上っているように見えた。少なくとも当時、同社の北海道のゾーン・マネージャーだった筆者には、そう映っていた。だが野田氏は当時の心境をこう語る。
「この頃は、自分の存在意義に疑問を感じ始めていました。僕が実現したかったのは、現場でお客様のニーズを感じ取りながら、モノを売る楽しさを皆で実感すること。そして加盟店の幸せです。ですが経営者という立場は複雑です。さまざまなステークホルダーがいて、それぞれの立場で違う正義がある。うーん……これ以上は言葉にしづらいですね」
野田氏が言葉にしづらいと言う以上、あとは、当時、同社にいた筆者が自分なりに解釈して補うしかない。
鈴木氏の教えを現場で徹底する。それが加盟店の売り上げ利益に直結する。野田氏はそんなシンプルな思考で、「お客様の立場で考える」「加盟店の幸せを第一に考える」のが好きだった。だが、いつしか、経営陣、ホールディングス、株主、世論といった、多くの価値観が入り込んで、シンプルに考えることが難しくなった、ということだったのではないだろうか……。
