「鈴木が送り込んだスパイではないか」

思い起こせば、渡米直後の野田氏が最初に直面したのは、アメリカの幹部たちから向けられた猜疑心だった。

「鈴木が送り込んだスパイではないか……、そう思われていましたよ。だから、ジョー(デピント社長)に言ったんです。そんな真似はしない。日本からレポートを求められても、送る前に必ずあなたに見せる、と」

それは言葉だけでなく、行動にも裏づけられていた。野田氏は毎日のように現場を歩き、店舗の課題を拾い上げた。デピント氏との1on1では、毎週、改善点を率直に提言した。

「靜真はまったく耳の痛いことばかり言うよ……」とジョーは苦笑したが、野田氏の提言を真摯に受け止め、幹部たちに指示を落とし込んでいった。ジョーを語る野田氏は雄弁だった。野田氏の本気を受け止めてくれたこと、お互い現場主義であったこと、公私にわたり助けられたこと、彼の漢気おとこぎを感じたこと……。こうして、ふたりの友情が育まれていたことが感じ取れた。

野田氏はアメリカ時代を振り返る。

「最初の2年間は孤独感と焦燥感に苛まれました。だけど、ジョーのお陰で後半の2年は本当に楽しかった……」

だからこそ、日本から帰国命令を受けたときは、たいそう落胆したそうだ。

アメリカ時代を振り返る野田靜真氏。
撮影=プレジデントオンライン編集部
アメリカ時代を振り返る野田靜真氏。

帰国命令と、号泣した朝

「2016年1月、ジョーから『研修で日本に行ってくれ』と言われました。『何の研修だ?』と聞くと、『アメリカで店を増やすから、その部署を作りたい。日本で出店開発の研修を受け、戻ったら責任者になってくれ』という。何だか嘘っぽいなと思いましたよ」

予感は的中した。研修は口実で、真の目的は、鈴木会長が野田氏をセブン‐イレブン・ジャパンのオペレーション本部長として帰任させるというものだった。現場を束ねる最高責任者であり、社長への試金石(布石?)とも言える最重要ポストである。鈴木会長の構想する新体制の中核に、野田氏は組み込まれていた。

このときばかりは、鈴木氏本人から直接内示を受けた。

「約束が違うじゃないですか! アメリカに戻してください」

本音はそうだったが、鈴木氏の表情に宿る決意を見て、言葉を飲み込んだ。

2016年4月――何が起きたかは説明するまでもない。取締役会で鈴木氏は井阪隆一社長の解任動議を発議し、後任社長に古屋一樹副社長を指名した。だが発議は否決され、「獅子身中の虫がいた」という意味深な言葉を残して鈴木氏はセブン&アイ・ホールディングス代表の座を退いた。まさに激震だった。

当時を振り返る野田氏は、悔しさを滲ませる。

「退任会見の翌朝8時、鈴木さんに呼ばれ、『君、退任会見を見たか? 僕は引退するけど、君はどう思った?』と聞かれました。僕は人前で泣くなと言われて育った世代ですが、あのときばかりは初めて鈴木さんの前で号泣しました。それが僕の鈴木さんへの想いでした」