AIに「選ばされて」いる
ハイパーパーソナライゼーションには、もうひとつ深刻な問題があります。それは、私たちが「選べなくなる」ことです。
心理学の研究は、人間が思っているほど自分の選択をコントロールできていないことを明らかにしています。
有名な選挙の実験があります。検索エンジンの結果表示を操作して、ある選挙候補者の情報が上位に来るようにしたところ、その候補者への投票率が上がりました。しかし、被験者たちは全員、「自分の意思で候補者を選んだ」と信じていました。検索結果の順番に影響されたとは、まったく気づいていなかったのです。
これは実験の話にとどまりません。私たちの日常でも、同じことが起きています。
UberEats(ウーバーイーツ)から、ちょうどお昼どきに通知が届いたことはありませんか? おいしそうな料理の写真と一緒に、「今日のおすすめ」が表示される。
「こんなの食べないよ」と思ってスマホを閉じても、どこかで影響されています。その日食べなくても、数日内になぜか食べたくなった経験があるのではないでしょうか。
「自分で選んでいる」と思い込んでいるだけで、実際にはAIに選ばされている世界が、すでに始まっているのです。
便利さと引き換えに手放しているもの
「選ばされている」問題は、個人の日常にとどまりません。企業の経営判断や国の政策決定にまで及んだとき、何が起こるのか。それは(本書の)第3章で改めて考えます。
こうした世界の到来がもたらすのは、選択する能力そのものの衰退です。
知らない街を歩いていて、偶然すてきなレストランを発見する喜びや、いろいろな服を試着してみて、「自分はこういうのが好きなんだ」と気づく過程、「あの店、失敗だったな」という後悔、自分の好みを学んでいく経験などがどんどん失われていきます。
AIがおすすめする店に行けば、だいたいおいしいです。
評価の高い店、自分の好みに合う店を、AIが選んでくれます。外れがありません。
AIが選んだルートを通れば、渋滞を避けて、遅刻しないし、AIが提案する服を着れば、おかしなコーディネートになりません。
AIが選んだ映画を観れば、「つまらなかった」と後悔することも減るはずです。
一見すると良いことのように思えます。
でもその代わりに、自分で選ぶ力がどんどん衰えます。自分が本当は何を好きなのか、何を求めているのかが、わからなくなっていきます。
便利さと引き換えに、私たちは「自分で選ぶ自由」を少しずつ手放しているのです。

