江戸中期、幕末の本の描き方

江戸中期の逸話集『明良洪範』続篇巻5では、本能寺の変の報に接した官兵衛が秀吉の膝元に近づいて膝を叩き笑い、「天のご加護を得られましたな。もはやお心のままになりますぞ」と述べたという。

黒田官兵衛の肖像画
黒田官兵衛の肖像画(画像=崇福寺/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

「ご運がひらけましたぞ」というセリフに最も近い表現が見える文献は、幕末維新期に岡谷繁実が編纂した『名将言行録』である。同書によれば、官兵衛が秀吉を「君の御運開かせ給ふべき始めぞ、くせさせ給へ」と鼓舞したという。以後、秀吉が官兵衛に心を許さなかったとも記されている。『明良洪範』には秀吉が官兵衛を警戒したという一文はないが、『明良洪範』の記述を、岡谷が自分なりにアレンジした可能性が考えられる。

なお福本日南『黒田如水』(1911年)や金子堅太郎『黒田如水伝』(1916年)などの伝記類には、この逸話に関する記載はない。後世の創作と疑われたのだろう。