浮気した夫より、怒った妻が悪者に

徳川歴代将軍の生母・側室の略伝である『以貴小伝いきしょうでん』にも、築山殿が嫉妬のあまり家康の側室を折檻したという逸話も載っている。

あるとき家康が築山殿の侍女に手をつけ、妊娠させた。この当時、側室や妾は正室が認めた女性に限られていたが、家康は築山殿の承認なしに子を設けてしまったため、築山殿は女を裸にし、木に縛りつけ、鞭で打った。あげく女を追放し、生まれた男児も徳川の子として認知しなかったという。

以貴小伝
画像=国立公文書館所蔵
築山殿が家康の側室を折檻したことを記載する『以貴小伝』。「御嫡妻関口氏」(枠で囲んだ箇所)と記されているのが築山殿。築山殿は今川義元の親族・関口氏の出身だった。

この女が於古茶おこちゃ(のちのお万の方)である。子は他家で育てられ、やがて福井藩初代藩主・結城秀康となる。