WHO排除は「意地悪」なのか
新型コロナ禍の初期、日本のメディアは中国が台湾をWHOから排除しているとの批判を展開した。まるで中国が台湾に「意地悪をしている」かのような報道は、経緯を知らないのか、もしくは中国への悪意だろう。台湾は、民進党が「92コンセンサス」を否定するまでの8年間(2017年まで)、きちんとWHOと関わることができていた。できなくなったのは台湾側が約束に違反したからであり、中国の「意地悪」ではない。
もっとも、台湾側にも同情すべき事情はあった。
台湾では戦後、「省籍矛盾」と呼ばれる対立が底流でくすぶり続けてきた。「省籍矛盾」とは、蔣介石総統とともに海峡を渡ってきた普通中国語を操る大陸出身の「外省人」が、主に台湾語を話す台湾島生まれの「本省人」を支配し続けたことで生じた、不満と対立のことだ。
本省人が話す台湾語は「閩南語」であり、福建省南部の言葉だ。本省人は福建省南部から渡ってきたとされ、いまでも台湾の人々は、厦門の人々とは普通中国語ではなく閩南語で会話ができる。問題は、人口の約13%にすぎない外省人が、人口で約85%を占める本省人を政治的に支配しただけでなく、台湾の主な産業をも牛耳ってきたことだ。国民党の「党営」という手法だが、この問題は多くの場面で深刻な利害対立を招くことになる。
日本では報じられない中台対立の根源
そんな「省籍矛盾」の状況は、戦後初の本省人総統・国民党主席となった李登輝氏が「台湾アイデンティティ」を強調する政策を推進したことで大きく変わってくる。李登輝総統の台湾アイデンティティ重視は、台湾政界のライバルである外省人勢力との戦いが絡んだものとも指摘されるが、いずれにせよ李登輝総統の下で成長した民進党が「台湾アイデンティティ」の受け皿となり、台湾政治を台湾人(本省人)の手に、という流れを作り出してゆくのである。
この島内の変化が台湾海峡を挟んだ対立を複雑にし、中国を悩ませた。国民党との政争が激化する中で、民進党の掲げる「台湾アイデンティティ」が、日に日に本省人の間で広がり、挙げ句の果てに「自分は中国人ではない」という主張へとつながっていったからだ。
もし台湾が本気で「自分は中国人ではない」という考えに傾き、台湾を大陸から切り離そうとすれば、「平和統一」の前提は崩れ、場合によっては中国の定めた最後の一線、いわゆるレッドラインを踏み越え、北京も「したくない戦争」を覚悟するしかなくなるのだ。
中国は蔡総統の誕生から、台湾が水面下で独立を進めるのではないかと疑ってきたが、蔡氏の「92コンセンサス」の否定は、中国側の疑心を加速させた。それ以降中国は、台湾総統の言動に極めて神経質に反応し、釘を刺してきた。時に日本人の目に過剰とも映る、そうした北京の対応は、「したくない戦争」を避けるためでもあるのだ。



