現状変更を仕掛けた台湾

日本では、台湾統一を「習近平主席の『偉業達成』のための野心」という視点から報じられることが多い。だが実のところ危機のボリュームを握り、それを変えてきたのは台湾側だ。対立激化の“根源”は、2016年に総統に選ばれた蔡英文時代に芽生えたと言っても過言ではない。蔡英文・民進党が、過去に共産党と国民党が合意した「92コンセンサス(=九二共識)」を一方的に否定したことで、不穏な空気が一気に台湾海峡を支配し始めたのだ。

2016年5月10日、台湾の蔡英文総統(肩書は当時)
2016年5月10日、台湾の蔡英文総統(肩書は当時)(写真=中華民国総統府/GWOIA/Wikimedia Commons

「92コンセンサス」と聞いても、多くの日本人はすぐにはピンとこないだろう。これは1992年に共産党と国民党が「一つの中国」で認識を共有させた作業を指す。共有したのは、「中華民国」であれ「中華人民共和国」であれ、どちらの「中国」が正当かという主張の違いはあっても、いずれも「中国」だという認識だ。

この認識の共有により、台湾が「92コンセンサス」を否定さえしなければ、「中国」は国土分裂の企みを警戒しなくてもよくなったのだ。

他方、民進党にしてみれば「92コンセンサス」は「国民党政権がした約束にすぎない」となる。そう主張したい気持ちは分かる。しかし「92コンセンサス」は、中華民国の与党が代表して交わした約束だ。現在の頼清徳総統も蔡英文前総統も、中華民国憲法の下で選ばれた総統であれば、「国民党政権の時代にやったことだから自分たちは知らない」で通る話ではない。

台湾が自ら“安全装置”を外した

さらに重要なことは、「92コンセンサス」が台湾海峡の平和にとって極めて重要な役割を果たしてきた点だ。この共通認識があればこそ、中国は台湾統一のアクセルを緩め、現状維持を実質的に「黙認」できていたのだ。

つまり「92コンセンサス」は、中台の対立においてある種のバッファーであり、衝突を回避する歯止めだった。それを台湾が一方的に否定することは、すなわち自ら“安全装置”を外すような行為なのだ。

中国共産党も「国土喪失」にもつながる非常事態を黙って見過ごすわけにはいかない。警告してきたように、武力を使ってでもそれを阻止しなければ国民に顔向けできないからだ。

2016年に総統となった蔡英文氏が、もしこうした危険性を承知の上で自らの政治的立場を守るために「92コンセンサス」を否定したのだとすれば、世界の台湾に対する認識は大きく変わってしまうのではないだろうか。西側メディアが中国批判で多用する「力による現状変更」も、実はそれを誘発したのは中国側ではなく、台湾側だったことも見えてくる。

中国は、「92コンセンサス」ができたことで、台湾に対する融和策も進め、台湾がさまざまな国際機関に参加できるように道を開いてきた。台湾がWHA(WHO〈世界保健機関〉の年次総会)にオブザーバー参加できるようにしたことは、その好例だ。